【土曜日:Saturday】

第48話 吐き気 【土曜日:Saturday】

 下準備を終えたあと宮野さんとの待ち合わせに大広間に向かう。

 初日よりもこの大広間の良いニオイがだいぶ薄れてきている。

 

 宮野さんはすでに大広間で俺を待っていてくれた。

 宮野の姿を見てやっぱりどこか安心する。

 足早に宮野さんのところに向かう。


 宮野さんと話をしていくうちに亡くなった人たちの部屋をもう一度まわってみるということになった。


 小鳥遊さんのいう「オバケ」これがどうもひっかかる。

 この施設には本当に八人しかいなのか? その疑問に答えをくれたのは宮野さんだった。

 推理小説ではよくあるパターンで死んだと思っていた登場人物がじつは生きていて暗躍しているという話だ。

 そういう展開もあるのかと驚く。


 まずは「001」比留間翔の部屋にいく。

 部屋に入った瞬間ヒヤリとした冷気をかんじた。

 天井の付近を見上げるとエアコンの冷房が稼働していた。


 「これって?」


 「ブックマンたちが動かしたんだろう」


 俺の疑問は宮野さんよって即座に解決した。


 「ああ、なるほど」


 比留間翔がそのまま横たわっているベットに上で宮野さんは比留間翔の顔のタオルをとった。

 数日も経つと人の顔はこんなに変形してくるんだ。

 それでも比留間翔だというのがわかる。

 宮野さんは顔にタオルを戻して手を合わせた。

 俺もそこで一緒に手を合わせる。


 比留間翔の亡骸を確認したあとは「004」の三木元さんだ。

 「001」の廊下を歩き俺の部屋のある「002」といまは誰もいない「003」を飛ばして「004」の部屋にいく。

 この部屋もやっぱり冷房がガンガン入っていた。

 ただユニットバスまではその冷気は届いていない。


 ユニットバスではなおも強烈な森林の匂いがしている。

 三木元さんも浴槽に嵌ったままだ。


 宮野さんがタオルをめくってみる。

 三木元さんもあのときと同じで苦痛に顔を歪めていた。

 時間が経過して三木元さんの顔の色は変色し皮膚も垂れさがってきている気がした。


 そう、やっぱりこのふたりは死んでるんだ。

 三木元さんの生死を確認したあと宮野さんはすぐにタオルをかぶせ同時に手を合わせた。


 「003」の部屋にいくとここも同じように冷房が効いていた。

 権藤さんもまたく動く気配はない。

 権藤さんの生前大きかった体格が一回りほど小さくなったようにかんじる。

 死後硬直というやつらしい。

 

 タオルをめくるとこの遺体もたしかに権藤さんの顔だった。

 なぜ、こんなことに、とでも言いたげな悲愴な表情。

 タオルを戻し、俺と宮野さんはまた両手を合わせ「003」の部屋をでた。


 俺と宮野さんは大広間に戻り最後に門倉さんを囲む花瓶の手前にきた。

 宮野さんは花の結界を軽々と越えていく。

 それは規制線をくぐっていく警察のようで頼もしかった。

 門倉さんにかかっているシーツをめくる。


 シーツだけじゃなく薄い掛布団もかかっていることに俺は初めてきづいた。

 冷房のない大広間ずっと放置されていた門倉さんの布団の中から、布団にこもっていた腐敗集が漂ってきた。

 

 鼻への刺激が喉の奥にまで流れてきて俺は吐き気を我慢するのに必死だった。

 メモに書いた男飯を食べてたら絶対に吐いてた。

 俺はこの結果の中には入っていけない。


 白い布の中はやっぱり黒コゲの門倉さんだった。

 いや、こうなってしまえばこれが門倉さんなのかもわからない。

 いま、生きてるのは俺と宮野さんと弓木さんと小鳥遊さんの四人……。

 

 この施設には九人目もいないし、亡くなったはずの人間が動いていたわけでもない。

 あれから弓木さんにも会ってないからわからないけど、弓木さんもそうそう自由には動けないだろう。


 小鳥遊さんは正常と異常の回路が切り替わったりしているようでどんな状態なのかわからないけど正気なところは正気な気がする…。

 でも小鳥遊さんのはなしは精神的な問題か。


 門倉さんの真反対のモニター側で休んでいると、宮野さんは嘔吐えずいている俺に気づいた。


 「諸星くん。大丈夫?」


 「ええ、はい、なんとか。そういえば宮野さん。門倉さんが亡くなったときにたしかハチゴーニっていってませんでしたっけ?」


 「ああ、852ハチゴーニね。文字通り数字の八と五と二だよ」


 「なんの数字なんですか?」


 「社会死って意味の消防の隠語」


 「社会死。どういう意味なんですか?」


 「医者や救急隊が確認せずとも、一目で死んでるとわかる状態のこと」


 「ああ、真っ黒コゲでしたからね?」


 自分の言葉でまた胃がギュルギュル蠕動して気持ち悪くなった。


 「そう。あの状態なら誰が見てももうだめだと思うよね?」


 「そうですね。うっ」


 やっぱり宮野さんの死の判断は正確だった。

 分配ポイントの配分のときもそうだったし。


 「諸星くん。大丈夫?」


 「ええ。はい」


 「無理もない。四人の遺体と対面してきたんだ。それに門倉さんの状態はとくに酷いからね」


 宮野さんははこういうのに慣れてるのかな? それとも推理小説家ってみんなこんなかんじなのか?


 「そうなんです」


 俺はまた門倉さんを思って気持ち悪くなるという悪循環に陥っていた。


 「ああ、そうだ。これでもどう」


 宮野さんはポケットに入れていた携帯型の水筒の蓋をとって蓋をカップにして注いで手渡してくれた。

 この水筒、ECサイトの「レジャー・スポーツ」のカテゴリには売ってなかったけど前にも宮野さん使ってたな。


 「まずは匂いを嗅いでリラックスしてみて」


 「あっ、はい。ありがとうございます」


 「僕がブレンドしたハーブティー。気分が静まるよ」


 「ほんと良い匂いです」


 鼻の奥に残っている悪臭が消臭されていく気がした。

 

 「僕もさポイントのことを考えて節約してるんだよ」


 「俺も多少はやってます」


 「ブックマンの言うとおりここにはやっぱり八人しか存在してなかったね」


 「そうですね。このハーブティーってちょっと苦みがありますね?」


 「そうなんだよね。あっ!? 大丈夫大丈夫あのコーヒーみたいに睡眠薬とか入ってないから」


 「わ、わかってますよ」


 宮野さんって入浴剤に凝ったりハーブティーとかオシャレだな。

 健康にも関心がある雰囲気イケメンの推理作家か。

 飲んでみるとたしかに癖のあるハーブティーだった。

 でもこっちのほうが薬膳的で効果はありそうだ。


 俺が宮野さんに礼を言って水筒の蓋を返すと、宮野さんもその水筒からまた蓋にハーブティーを注いでいっきに飲み干した。

  

 「ねっ?」


 俺は睡眠薬なんて入ってないだろうの、ねを宮野さんから受けた。


 「はい」


 俺は笑いながら返事をする。

 わかってますよ。

 どこまでも律儀な人だ。


 「諸星くん。部屋に戻ってすこし休むといいよ」

 

 「はい。そうさせていただきます」


 「いいよ。いいよ。じゃあね」


 「はい」



 

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