第47話 オバケ【金曜日:Friday】

  部屋に戻ったのは深夜の二時半くらいだった。

 スマホで時間を確認したあと、この気持ちが醒めないようにいま思っていることをスマートウォッチに録音する。


 時間は止まることはない。

 なにがあっても夜は明けていく。

 今回は権藤さんが弓木さんを襲ったことが発端で小鳥遊さんが権藤さんを刺してしまった。

 理解はできる。


 誰も好き好んで人を殺してるわけじゃない。

 だから俺が誰かに殺される確率だって低いはずだ。 

 

 俺はここの施設にきてからスマートウォッチに録音してきた一覧をもとに、朝まで音声ファイルの再構成をすることにした。

 代わり古い音声ファイルを削除していくことも忘れない。

 ここにくるきっかけになった日からの出来事を時系列に並べ替える。

 

 ワナビーの俺はコンビニでアルバイトをしながら小説賞に応募する日々を過ごしていた。

 最近はサブスクのシャーデンフロイデが流れる店内で仕事をしている。

 ある日突然、届いた封筒には俺がいままで公募に応募してきた小説のタイトルの一覧が載っていた。

 その説明会にいくと睡眠剤かなにを飲まされどこかの施設に連れてこられた。

 そのあとは施設で目覚めたところから、さっきの小鳥遊さんが権藤さんを刺したところまでを章立てて録音していった。

 これを小説にするなら冒頭の文章はシャーデンフロイデのシャウト。

 

 「――オ゛ォォォォォォォォォォォ! オ゛ォォォォォォォォォォォ! オ゛ォォォォォォォォォォォ!」

 から書きはじめるかな。

 スマホを手にいまの時刻を確認してみると朝の八時を過ぎていてもう金曜日の朝だった。

 一睡もできなかったのにまったく眠くない。

 体が興奮していて脳も覚醒しているからだろう。

 執筆するように行ったこの録音作業もこの高揚感に一役買っていた。

 

 ここにいるのも今日と明日で最後だ。

 今日だってもうすでに三分の一が過ぎている。

 寝てなくても頭も冴えてるし目もぱっちり。


 三木元さんを刺したのが弓木さんだとわかってからシャワーに入れるようになった。

 今日も簡単にシャワーだけ浴びてエレベータ―までカートをとりにいく。


 案の定「006」のカートはなかった。

「001」「004」「006」「008」カートが四台もないとエレベーターのなかは過疎化していく街のようにスカスカだ。

 「003」「005」「007」のカートはまだ残っているから誰もきていないことになる。

 おそらく「003」の弓木さんと「005」の小鳥遊さんはもうここにくるとはないだろう。


 俺は「002」のカートをゆうゆうと押してエレベーターから出た。

 今日は昨日注文した大事な物がたくさん入っている。

 これが俺を守る武器。

 俺は現金輸送車を運転する運転手の心構えでカートを押していく。

 

 門倉さんの結界の前で足がまた重くなった。

 黒い薔薇が俺に向け恐怖の棘を飛ばしてきた。

 そのまま恐怖をこの身に受け俺は体を縮こまらせた。


 顔を俯けたままカートを押して進む。

 まるで坂道を登っているようにカートが重い。


 カートを押していると目の前に人影が現れて俺は驚いたと同時に声を押し殺した。

 「002」の廊下前のプレートの前で小鳥遊さんにばったりと会った。

 

 いや、俺を待ち構えていたんだ。

 一瞬、刺されるかもしれないと昨夜の出来事が頭を過った。

 俺は身構えた、と思っていたのは心の中だけで俺の体はカートのダンボールを守るよう覆っていた。

 

 でも小鳥遊さんに俺に危害を加えるような素振りはいっさいない。

 そう、深夜のあれは権藤さんから弓木さんを守るためのアクシデントだったんだ。


 小鳥遊さんもそんな俺のことを察したのか自分から目を逸らした。

 とたん、小さな悲鳴をあげた。

 小鳥遊さんが悲鳴をあげた先には門倉さんがいる。


 小鳥遊さんもよっぽど切羽詰まってるんだろう。

 昨日以上に顔色も悪く体から疲労感があふれていた。


 青いつなぎの上にアレンジTシャツも着てないし萌え袖もしていない。

 それどころか両手それぞれの爪のマニュキュアもまだらになっていた。

 もう、ファッションになんて気を使ってられないんだろう。


 「あの、優奈の部屋にオバケが出るの。優奈の部屋の鍵が勝手にしまったりするの。権藤さんを刺したからだよね? ねえ優奈どうすればいいの? ねえ? 優奈が門倉さんに気持ち悪いなんて言ったからオバケが出るんだよね? それで門倉さんが優奈に言ったんだよ。可憐ちゃんを守るために権藤さんを刺せって。黒い薔薇は呪いなんだって」


 小鳥遊さんは話していることが支離滅裂で完全にメンタルがやらていた。

 なにをどうしてやればいいのわからない。

 

 「オ、オバケ?」


 「そう」


 俺が答えたとたん小鳥遊さんに急に抱きつかれた。

 ……えっ、ま、まじ、か。

 俺の耳元でまだオバケ、オバケとなおも言いつづけ優奈の話を聞いてほしいと訴えている。

 

 小鳥遊さんは、かわいそうな娘になってしまった。

 比留間勇との未来ももう望めないか。


 「わかった……話くらいなら聞くよ」


 この施設にはあと弓木さんと宮野さんしかいない。

 ここで俺が小鳥遊さんとふたりで話していても誰かが死ぬような事態にはならない。

 俺は大事な荷物と同時に小鳥遊さんの話をきくためだけに部屋にあげた。

 話を聞きながらも俺の神経の大半はこの荷物に集中していた。

 これは俺の命を守るために大切なものだから。



 小鳥遊さんの言っていたことは俄かに信じられない話が大半だった。

 半信半疑というのが小鳥遊さんの話をきいた印象だ。

 でも俺が話をきいてあげたからなのか、小鳥遊さんは満足したように自分の部屋に戻っていった。

 弓木さんがどうしてるかは訊けなかった、いや、訊かなかった。

 これでよかったんだろうと思うことにした。

 

 ただ小鳥遊さんのすべてを疑うわけじゃない。

 人の嗅覚、ニオイというのは記憶に残る。

 

 俺が信じる「半信」ためにもやれることはやっておいたほうがいい。

 昨日、買ったものを部屋のなかで広げた。

 買ったのはいいけど使うことはないと思っていた物たち。


 箱から出した筆記用具を手に俺はワンショルダーリュックからメモ帳を出し白紙のページを探した。

 メモ帳の中間でまっさらなページがあったから、そこでぐるぐる試し書きをする。

 いい書き心地だ。

 ここにきてから料理らしい料理を食べてないから食べたいメニューでも書いてみるか。


 【チャーハン。唐揚げ。餃子。ハンバーグ。ラーメン。カレー。】

 

 ザ・男飯みたいなものばっかり書いてしまった。

 

 俺はキッチンの前に立って昨日注文したどんぶりサイズのガラスの食器を置いた。

 前もって蛇口からの水を入れておく。

 これくらいでいいかな? 俺は容器の半分ほど水を入れた。

 

 手際よくガス台のスイッチを押すとカチカチカチカチっと音がしてボワっと火が点いた。

 あとは箱から中身を出してか。

 これって何本入りなんだ? 俺は濃い青のパッケージを手に箱の周囲を見回した。


 へー二十本か。

 全種類そうなのか? まあ、いいか。

 どうしよう。

 まずは一本でやってみるか? 


 

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