【金曜日:Friday】

第46話 つぎの犠牲者【金曜日:Friday】

 でも確認しないわけにはいかない。

 気づけば息をするのを忘れ、そこでいっきに息を吸ってむせた。

 

 ゲホゲホ空咳をしながら部屋から出て廊下を進んでいく。

 等間隔の照明がやけに不気味だ。

 

 もう、こんなことは起こらないはずだったのに。

 「002」のプレートを横目に大広間にでた。

 大広間のなかにある異質な聖域が俺の歩みを鈍らせる。

 なぜかわからないけど門倉さんを囲んでいる花瓶のうちの花のひとつが黒い薔薇に変わっていた。


 誰かが変えたのか? 己の存在を不吉に主張している黒い薔薇。

 その黒い薔薇が吉兆を示すのかあるいは凶兆なのかはわからない。

 ただひとついえることは七つある花瓶の花よりも黒の薔薇のほうが格段に目立っている。


 金曜日の真夜中に物言わぬ門倉さんがシーツの中で俺をじっと見ている気がした。

 恐怖と気味悪さ。

 ゾクゾクと冷たいものが背筋を伝っていく。

 俺は合ってもいないに門倉さんから視線を逸らした。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


「A」「B」「C」「D」「E」「F」「G」「H」「I」「J」「K」「L」「M」

「N」「O」「P」「Q」「R」「S」「T」「U」「V」「W」「X」「Y」「Z」


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 アルファベットが表示されてるモニターを確認してみたけど月曜日の朝に消灯した「M」だけが依然として暗いままで「W」「F」「S」は明るいまま。


 木曜から日付が変わった今日が金曜日。

 でも金曜日のFridayフライデーの「F」は残っている。

 やっぱり曜日は関係なさそうだ。


 いまはこのアルファベットなんてもうどうでもいい、か。

 ……違う。

 これは俺が無意識に現実逃避してるんだ。

 考えごとをして足を止めてるだけ。

 

 向き合わなきゃいけない現実がそこにあるのに、こんどは誰が犠牲になったのかたしかめなきゃいけないのに。

 俺は隣の部屋にいくだけなのに、ここにきて信じられないほどに足が竦んでいた。


 あれこれ考えていた俺の視界に飛び込んできたのは宮野さんだった。

 とたんに安堵する。


 肩に入っていた力がふっと抜けた。

 やっぱり俺は知らず知らずのうちに宮野さんを頼りにしてたんだな。


 「ここにいるの諸星くんだけ?」


 「そうみたいですね」


 「弓木さんの部屋にいってみようか?」


 「はい。権藤さんが弓木さんを見張ってるはずですよね?」


 「そうだね」


 「なにがあったんでしょう。まさか権藤さんが弓木さんに刺されたとか?」 


 「この世界はなにがあるかわからないからね」


 「そうですよね。でもあんなに体格差も体力差もあるのに。朝、見張りは順調だって言ってたのに」


 「それは朝のときの状況だから。状態っていうのはつねに変化していくものだよ」


 殺人犯がまた町に逃走したような恐怖が俺につきまとってくる。


 「ですよね」


 「僕らで事実確認しにいこう」


 「はい」


 俺の部屋の「002」の廊下の出口にいた俺たちは折り返すようにし「003」の部屋の方向に向かって走りはじめた。

「003」のプレートを横目にして「003」の部屋までの廊下を急ぐ。

 ここでもまた廊下の照明が不安を煽ってくる。


「003」の扉が半分だけ開いていた。

 開いているってことは誰かが出入りしたってことだ。

 宮野さんは警察のように扉をあけて無言で部屋に入っていく。 

 緊急事態だからしょうがない。


 俺は、一瞬これがどういう状況なのかわからなかった。

「003」の弓木さんの部屋で青白い顔の小鳥遊さんが血の滴る果物ナイフを握っていた。

 なんだこれ? 小鳥遊さんが体をワナワナ震わせている。


 権藤さんは目を見開き口から血を流してベッドに横たわっていた。

 たぶんだけど、権藤さんはもう……。

 この部屋でいったいなにがあったんだ? 奥では弓木さんがシーツに包まって体を震わせていた。


 「優奈が刺した」


 小鳥遊さんが顔面蒼白なのは最近の体調不良のせいなのか、現在のこの状況によるものなのかはわからない。


 「小鳥遊さんが彼女を守るために権藤さんを刺したってこと?」


 宮野さんはこの状況をすぐに理解した。


 「そうだよ。この人が可憐ちゃんに乱暴したから」


 「でも、彼女だって殺人犯なんだよ?」


 宮野さんは小鳥遊さんのナイフを持つ手に自分の手を置いた。


 「それでも女の子に乱暴するなんて許せない。可憐ちゃんはオードルの食べ物一緒に拾ってくれたもん」

 

 「まあ、そうだね」


 宮野さんが手のひらが小鳥遊さんの手を包むように握ると、小鳥遊さんの手の震えが止まった。

 小鳥遊さんはゆっくりゆっくり宮野さんを見たあとに目を見開き顔面蒼白の顔をさらに引きつらせた。

 なんで宮野さんにそんな驚くんだ。


 「ゆ、優奈が可憐ちゃんを優奈の部屋まで連れていく」


 小鳥遊さんはなおも小刻みに震えている。

 心なしか呂律も回ってないような気がする。


 「ああ、いいよ。その代わりそのナイフを置いていってね?」


 宮野さんが小鳥遊さんの顔の傍でそう告げると小鳥遊さんが無言でうなずきゆっくりと腰を屈めてナイフを床に置いた。


 「それでいい」


 「可憐ちゃん。優奈の部屋で休もう」


 小鳥遊さんは弓木さんの背中をさすりながら弓木さんを抱きかかえるようにして部屋から出ていった。


 恐らくは弓木さんが権藤さんに乱暴され、なんらかの方法でその状況を知った小鳥遊さんが権藤さんを刺したという宮野さんの推理だった。

 俺もそれに近い感想だ。


 俺と宮野さんでこの部屋のクローゼットからタオルをとって権藤さんの目を閉じタオルを被せた。

 弓木さんにあんなことをしたけど権藤さんの死を悼むことにはかわりないってことか。

 いろんな感情がい交ぜになってるけど、いま、俺が信じられるのは宮野さんだけだ。


 「003」の部屋をあとに俺は今日、また宮野さんと話をするという約束をとりつけた。

 話題なんてなんでもいい、ただ、朝を迎えたあとも話をしていたかった。

 単純に話相手が欲しかったんだ。

 これでもう誰かが誰かを殺す状況にはならない。


 宮野さんからの同意をとりつけたけど、宮野さんも宮野さんでやることあるからとその約束を果たすのは今日の夕方以降になった。


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