【木曜日:Thursday】
第45話 紫の煙は水溶式【木曜日:Thursday】
ブックマンの言ったとおり深夜に門倉さんの分配ポイントは付与されなかった。
あったならスマートウォッチが反応して俺は夜中に目を覚ましていただろう。
現在は木曜日の朝の八時半。
三木元さん、比留間翔、門倉さんはもういない。
ここにきて残り五人になってしまった。
あと二日……今日を入れればあと三日か。
俺はどうなるんだ? だけど思ったより眠れた気がする。
布団から出てタオルを手にユニットバスの洗面所に向かう。
勢いよくでてくる水。
ボイラーのスイッチを入れずに冷水のまま顔を洗う。
冷てー!
そのぶんいっきに目が覚めた。
ああ、すっきりした。
目がぱっちりだ。
寝起きだけどスマートウォッチにこの気持ちを録音でもしておくか。
身支度をすませ十時を目前にして俺は部屋の鍵をしめて出た。
大広間にいくとなにかの儀式のように門倉さんの遺体を等間隔で囲む八つの花瓶があった。
花瓶のなかにいる門倉さんの全身には白い布がかけらている。
白い布の正体はたぶん寝具のシーツだろう。
でも厚みがあるから何枚ものシーツがかけれているみたいだった。
誰がこれをやったのかわからないけど、心あるメンバーが弔いのためにやったんだろう。
この出版ゲームが終わるまでは比留間翔も三木元さんも遺体はそのままなんだ。
どこかの紛争地帯を思わせた。
この大広間にも生と死の境界線がある。
門倉さんを囲む花の周りの内と外とはまるで違う場所で誰も入ろうとしないだろう。
とうの俺だって花瓶の内側に足を踏み入れる勇気はない。
ここには人を遠ざける結界がある。
みんな時間をずらして荷物をとりにきているみたいだった。
宮野さんに会うと権藤さんは「003」の部屋でちゃんと弓木さんを見張っているらしいことをきいた。
だから権藤さんはここに姿を見せないことになっている。
俺は殺人犯の弓木さんが部屋に閉じ込められていて権藤さんがそれを警備をしてくれてるみたいで心強かった。
宮野さんは自分のカートを自分の部屋に運んだあと権藤さんの「006」のカートも「006」の部屋の前まで運んでいくといった。
さすがの気づかいだ。
「003」のカートもあるけど弓木さんは昨日なにも頼んでいないから、そのまま宮野さんが「003」のカートも「003」の部屋の前まで運ぶそうだ。
けっこの重労働だから俺も手伝うことにした。
宮野さんは自分の部屋に近い「006」と「007」のカートを二台押していく。
俺は俺で「002」と「003」のカートを押していくことで無事解決となった。
※
一仕事終え俺は自分の部屋に戻りダンボールの中から昨日注文した「紫の煙は水溶式」を手にとった。
あんなことがあったけどまとめて寝たかいがあって調子がいい。
邪魔だからカートをカート置き場に置きにいく。
これでもう五台のカートが重なっている。
部屋に戻ってダンボールを解体してベッドの下に押し込んだ。
そのままベッドに乗って枕を顎の下に置いて読書を開始する。
こうやって静かに本を読むのもいいもんだ。
本を読んでいるとざわざわしていた心が静かになってくる。
活字を読む没入感で時間を忘れていくこの感覚が好きだ。
自分が書いたものでこれを誰かに与えられたら最高だよな。
ベットの上で何度か態勢を変えながら俺は「紫の煙は水溶式」をいっき読みした。
全体をとおしての感想は吸い殻の危険性がよくわかる本だった。
それに読みやすいし権藤さんの個性も出ていた。
いやこれは「辻堂カナタ」さんの人格か。
なんたって権藤さんはかなりの愛煙家だ。
ここでも作者と作品のギャップをかんじる。
※
スマートウォッチに今日のできごとも録音する。
ふと、いまこの施設内で誰かと誰かが会ってることもあるのか、と思う。
スマートウォッチの操作をしたついでスマートウォッチをモニターと連携させてECサイトに移動する。
サイト内の各ジャンルを巡ってみる。
目ぼしいものがあればとりあえずカートにだけ入れておいていらないものはあとでカートから削除すればいい。
途中で食事を摂ったり、水分補給をしたりしながらECサイトで時間を使う。
むかし遊んだオモチャなんかを検索して懐かしんだ。
いまは「レジャー・スポーツ」のカテゴリーを選択してそのページで商品を眺めている。
へーこんなものがあるのか。
そこから数十分ほどECサイトを巡回してカートに入れておいた中から厳選した商品だけを注文しキープの商品は削除した。
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ありがとうございます!
注文を確定いたしました。
本日中の注文商品は、明日、朝十時にエレベーターに届きます。
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照明を消した暗い部屋で布団に入りながら残り二日のことを考える。
五人のメンバーのなかでいったい誰の本が出版されるのか? いま誰がなんポイントなのかと考えることさえ忘れていた。
ポン、あるいはピンという音が鳴ったような気がした。
思っていることは聴覚では感じないはず。
なのに鼓膜に音が響いた。
そう実感した瞬間から俺の心臓の鼓動が早まっていった。
えっ? これって。
トラウマになっていたスマートウォッチがまた鳴ったんだ。
目を逸らさずに俺はゆっくりゆっくりとスマートウォッチの液晶に目をやった。
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【分配ポイントを獲得しました】 4625pt
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ま、また分配ポイントが入った? 俺は両足を自転車を漕ぐようにバタつかせた。
ここにきた日の朝のよう布団が飛んでいった。
こ、今度はいったい誰が死んだんだ? 弓木さんがまた誰かを殺した……? 考えられる被害者は権藤さん? でもあの体格差だぞ? ふたりが並んだ情景を思い浮かべてみても弓木さんに権藤さんを殺せるわけがない。
動悸がいちだんと早まっていくのを俺はどこか他人事のようにかんじていた。
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