第26話 再集合② 【日曜日:Sunday】

 ブックマンの声は聞こえたけど画面は相変わらずそのままだ。


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しばらくお待ちください。



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 すぐに「しばらくお待ちください。」の文字が消えてブックマンはまるで小さな子ども向け番組の演出のように自分の頭部かおをモニターに映してから両手で画面を揺らし全身を現した。

 そんな凝った演出しなくてもいいのに。


 「俺たちのスマホのSIMカードが抜かれてるんだけどどういうことだよ?」


 ――はい。それに関しましてはこちらのほうでSIMカードを抜かせていただきました。


 今回はちゃんと答えた。


 「俺らになんのことわりもなくかよ?」


 ――いえいえ。みんさんが署名捺印した一文にちゃんと書いてありましたよ。当社管理施設で創作活動に入った場合、外部との連絡はいっさいできなくなります、と。


 あの館詰めの一文にスマホの使用制限まで含まれてるとは。

 ぜんぜん気づかなかった~。

 やっぱり契約書っていうのは隅から隅までちゃんと読んで確認しないとだめだな。

 というより、そういう契約に関する知識がないとこれからも大変になる。

 いい勉強になった。


 見る人が見ればあの契約書はおかしなことだらけなんだろう。

 弁護士資格を持っていてリーガル系の小説を書いてる人ならこんなことにはなってないんだろう。

 そんな人ならそもそもこんなところに呼ばれてないか。

 

 「そんなのあったかよ?」


 「006」、いやもう知ってしまった以上、口には出さないけど俺は心の中では権藤さんと呼ぶ。

 権藤さんはあくまで知らぬ存ぜぬでとおす気だ。


 「たしかにその一文あったね」


 宮野さんはすでに知っていた。

 先回りの思考能力、やっぱりキレる人だな。


 「契約書も交わしてるし。すくなくとも僕らは無理やり拉致監禁されたわけではないかな。まあ、あのコーヒーはアウトだろうけど」


 宮野さんはいつまにかみんなのまとめ役になっていた。

 宮野さんもあの苦いコーヒーにやられたのか。

 いや、宮野さんでも・・、か。


 「それを差し引いたとしても説明会の会場に行った時点で自分の意志で参加したってことになるだろう。でもブックマンの文言はまるで叙述トリックだね?」


 宮野さんとブックマンのやりとりを横目に「006」は宮野さんにすべえを一任したように黙ってしまった。


 ――お褒めいただきありがとうございます。


 「べつに褒めてはいないよ」


 ――そうですか。それは失礼いたしました。他にご質問がなければ私ブックマンはこれにてお暇を頂戴させていただきまーーす! オ゛ォォォォォォォォォォォ! オ゛ォォォォォォォォォォォ! オ゛ォォォォォォォォォォォ! SEN・ZAI・ICHI・GU。SEN・ZAI・ICHI・GU。SEN・ZAI・ICHI・GU。SEN・ZAI・ICHI・GU。SEN・ZAI・ICHI・GU。SEN・ZAI・ICHI・GU。SEN・ZAI・ICHI・GU。SEN・ZAI・ICHI・GU。


 またシャーデンフロイデか。

 ほんと癪に障る。

 ブックマンはシャーデンフロイデのシャウトの余韻を残しまた画面から消えた。

 でもモニターに呼びかければブックマンが現れるのは新発見だった。



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しばらくお待ちください。



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ブックマンが去って静かになった左側のモニターを確認する。




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「A」「B」「C」「D」「E」「F」「G」「H」「I」「J」「K」「L」「M」

「N」「O」「P」「Q」「R」「S」「T」「U」「V」「W」「X」「Y」「Z」


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 点灯しているアルファベットは午前中と同じで「F」「M」「S」「W」の四つ。

 なにも変わっていない。

 やっぱり曜日が変わるとこのアルファベットに変化があるのかもしれない。

 待つしかないか。


 「冷静に考えるとSIMカードを抜かれネットに繋がらないとなるとオンラインでしか機能しないアプリも使えないってことになるね」


 宮野さんは潔く自分のスマホの電源を切った。


 「えー! 優奈の毎日のログインポイントは?」


 宮野さんは小鳥遊さんがあきらかに萌え袖なのに無反応だった。

 反対に門倉さんは小鳥遊さんをチラ見してる。

 ふたりでこうも違うのか。


 「ネット環境がないから放棄ってことになるだろうね」


 「そうなのぉ。優奈ショック」


 小鳥遊さんは片目をつむって舌をペロっと出した。


 「シャーデンフロイデか。人の不幸は蜜の味ってことね」


 「宮ちゃん。どういう意味?」


 小鳥遊さんいきなりの”宮ちゃん”呼び。


 「シャーデンフロイデの意味だよ。優奈ちゃん」


 宮野さんはまったく動じずに優奈ちゃんと呼びかける。

 どっちもどっちだな。


 けどシャーデンフロイデにそんな意味があったんだ。

 メタル系のバンドだから響きがカッコいいっていうだけの造語かと思ってた。


 「そういう意味なの?」


 「いや、正確には自分が手を下すことなく他者が失敗したときに生じる喜びのことさ」


 「相変わらず物知りだな。宮野さん。でもブックマンと交渉してくれて助かったよ」


 権藤さんが宮野さんを讃えるニュアンスで言ったのは明白だった。


 「でも僕はまだブックマンのことを信頼できない語り手だと思ってる」


 「信頼できない語り手ってミステリ用語だろ?」

 

 権藤さんが宮野さんに一目置いているのがわかった。


 「そうです」


 「ねえ。せっかく集まったんだし。ここでみんな自己紹介でもどう。みんなもワナビーなんでしょ?」


 門倉さんがおちゃらけながら空気を一変させた。

 意外とムードメーカだな。

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