第55話 ワナビー 【土曜日:Saturday】
――諸星様。”霞を食って”の本当の意味を当てていれば私からのブックマンポイントは二点でした。残念です。霞を食うとは浮世離れしていて収入もなしに暮らすことのたとえです。
霞を食うって言葉は耳にしたことはあったけどなんとなく知ってる諺だからで受け流してきた。
「食う」っていうくらいだからおまえは食えてんのか?ってニュアンスで捉えてしまった。
画面のブックマンにハッキングされたような破線が走っている。
ブックマンの右手が画面の左から出てきた。
左手は右の画面にある。
王冠を載せた頭が画面の下にあって画面の頭上にブックマンの足が垂れさがっている。
そのまま画面がゆらゆら波打って低画素数のモニターのように画面が荒れはじめた。
ブックマンの輪郭が人間の輪郭に変形していく。
乱れていた画面が鮮明になるとそこにひとりの人物が立っていた。
えっ!? う、うそ。
こ、この人って?
サテライトオフィスの説明会で俺にコーヒーを運んできた燕尾服の老紳士。
あの契約書にサインさせた張本人。
ブックマンの正体はあの人だったんだ。
でもこの人がこのゲームを主催したわけじゃない。
ただ公僕だ。
なるほど、俺がサインをする前にコーヒーを飲んで眠られたら困るから、俺がコーヒーを飲む前にその手でコーヒーカップを遮ったわけか。
俺はあのとき万年筆を手に契約書にサインしてからコーヒーを飲んだ。
まあ、あの重い万年筆が最後の最後、宮野さんに対する一矢になったけど。
あれがなければ万年筆を使おうなんて発想はなかった。
――諸星様にはぜひ、生きて出版の夢を叶えていただきたかったです。
は? 生きてってどういう意味だよ。
「それはどういうことだよ?」
――それでは
また画面が変わった。
『アイワナビーサイエンティスト部門。
アイワナビーサイエンティストだと……? アイ、ワナビーって「
「私はなになにになりたい」って意味だ。
だったらアイワナビーサイエンティストは科学者になりたい。
これってまさか?
『今回のワナビー・デスゲームの開催部門は四つでした』
ワナビーデスゲームだと。
『「M」の”アイワナビーミュージシャン”部門。「W」の”アイワナビーライター部門”。「S」の”アイワナビーサイエンティスト部門”。「F」の”アイワナビーフットボーラー部門”』
そ、そんな、じゃああのアルファベットは参加部門の一覧だったのか? 「M」が消えたときにブックマンの友だちマイクマンがやってきた。あれは”アイワナビーミュージシャン”つまり”ミュージシャンになりたい人”のデスゲームが終わったからか。
世の中ではワナビーは作家志望を指す言葉だけど、じっさい”アイワナビー”とは”なになになりたい”を意味している。
ワナビーデスゲームとは将来なにかになりたい人たちを強制的集めて殺し合いをさせるためゲーム。
そしてここはそれを日常的に開催している国の施設。
俺たちが集まっていたときにすでに四部門同時でゲームがはじまっていたのか。
勝者ひとりにすべえを与え敗者たちを大量に削除していく仕組み。
霞を食ってるやつはいらないってことか。
ブックマンは最初の説明で仮に最高得点者が同率で並んだ場合はネクストステージで決着をつけるって言ってた。
なら俺はサイエンティスト部門の生き残りの人と同点だったってことか? これがネクストステージ……。
えっ!? ネクストステージ。
延長戦のことか? 夢を叶えられるのはすべてをひっくるめてこの
霞を食うの意味を理解して受け答えしていれば俺はブックマンポイントをもらって逆転勝ちだった。
なら、いまの俺は負けてる状態……。
つまり俺はアイワナビーサイエンティスト部門の人に点数で負けたってことだ。
ま、待って、じゃあ、それって。
お、おい待ってくれよ。
どうなるんだよ俺は? 本の出版は? 生きて出版の夢を叶えていただきたかったって? それじゃあ俺はここで死ぬのか? はぁ~? ここまできてか?
「ブックマン待ってくれ。だって俺は宮野さんまで殺したんだぞ」
せっかくここまで生き残ったのに。
俺はたった一ポイント差で負けるか?
「ブックマン。ちょと待ってくれ。あの」
――それでも諸星様はご立派でした。私、諸星様の宮野様へのお言葉に感銘を受けました。そこで私からのささやかな贈り物。特別賞の授与です! おめでとうございます。出版確定です。この特別賞の授与はここ最近ではアイワナビー
アイワナビー
――諸星様。私が責任を持って諸星様の本の作成進めさせていただきます。それでは、お疲れ様でした。
ガタンと音がして俺の体が急に軽くなった。
内蔵全部が体が内側に押されるかんじがした。
無重力? 急激にエレベーターが下がりはじめた。
なんだこのエレベーターのこのスピード? これってまさかエレベーターが落下してるのか? エレベータ―を吊るしてる線を切られた。
俺が乗ってるのにエ、エレベータ―を落としやがった!
ここまで上がってくるときはビルの五、六階くらい高さがあったよな? なら俺はビルの六階からエレベーターごと落とされたのと同じってことか。
落下速度がさらに上がっていく。
体が浮きあがりそうだ。
どうする、なにか方法は?
いやだ。いやだ。
こんなとこでここまできて死にたくない。
なんで? なんで?
せっかく最後まで生き残ったのに。
せっかくここまできたのに。
俺は特別賞なんだろ? 初版一万部だよな? 人まで殺したのに! なのに生きて本を出せないなんて。なんでだぁぁぁぁ! ア゛ァァァァァァァァァァ!
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