第54話 先達【土曜日:Saturday】

 「ぜんぜん。わからない。これはなんなんだ? というかあんたら何者なんですか? 権藤さんがなにか情報を掴んだヤバい組織ですか?」


 ヤバい組織にヤバい組織ですかって訊いて、はい、ヤバい組織ですなんて答えるわけがない。

 いまの俺はそれさえ考えられなくなってるのか。


 ――ただの公僕ですよ。


 なんとなくこの話しかたやイントネーション、それにニュアンスに聞き覚えがあった。


 「公僕って公務員ですよね? この期に及んでうそ言わないでくださいよ」


 ――本当ですよ。私たち・・は国家という力を最大限に使ってるんです。


 「じゃあこれは国策だとでも?」


 ――はい。ただ霞を食ってるだけの人へ、のね。


 「俺はバイトでも食えてましたけど……」


 感覚的にブックマンの動きが止まったような気がした。


 ――……あれをやりたい。これをやりたい。いつまでもそんなことをやってもらってても困るんですよ。払うものは払ってもらわないと。


 「じゃあ、あれですか俺らのように定職につかず夢を持った者をこの施設にぶちこんで減らしいていくってことですか?」 

 

 ――諸星様はいつまで夢を見ているおつもりでしたか? 


 「そんなの夢を叶えるまでですよ」


 ――夢を叶えた人っていうのは必ずどこかで勝負に挑んで勝った人のことです。多かれ少なかれ勝負に勝たずに夢を叶えた者などいません。考えてみてください。受験であれ勝負です。


 「じゃあ、それを強制的にやらせてると」


 ――強制ではありませんよ。ここにこられたかたはみなさんは契約書に同意のサインをしています。諸星様もそうだったはずですが?


 いつのまにか俺の呼び名が諸星さんから諸星様に変わっていた。

 俺がこの出版ゲームの勝者だから敬意を表してってことか。


 「ああ、たしかにあの睡眠薬入りのコーヒーを飲まされたあの場所でサインはしたよ」


 ――あそこでもすでに別の部門・・の予選がはじまっていたんですよ。あなたはそこの大切なゲスト。いわば主演を兼ねていた。


 「なんのことですか?」


 ――あの場所にいた者はすべて試されている人。思いだしてみてください。カメラを見ながらきょろきょろしている人などいませんでしたか?


 「いましたね。それが?」


 ――あの事務所の人間は試験中の者たち。特殊撮影で防犯カメラで撮影中ってことになっていましたが。


 「意味がわからないです。編プロのアルバイトってことですか?」


 ――じつはあの中から過去に大人気女優が誕生してます。佐久間さくまりんさんはあの試験からの勝ち残りです。


 「サクりんに似た受付の娘もいましたけど。でもいまの俺にはこれがなんなのかぜんぜんわからないです」


 「サクりん」系統の受付の娘はたしかにいた。

 権藤さんが言ってた詐欺事務所の運営に国が関わってるんじゃ勝てるわけがない。

 権藤さんは芸能人が関わってるとも言ってた。

 それが「サクりん」か。


 ――すぐにわかりますよ。ただ知っておいてほしいのは私たちは勝ち残った者には国の力を惜しみなく注いで全力でバックアップするということです。シャーデンフロイデがあそこまで大きくなったのは国家間の取引があったからなんですよ。


 「国家間取引?」


 ――北欧のメタル専門の音楽事務所に国として売り込んだ。アメリカ映画界とのタイアップもそうです。まあ、簡単にいえば才能の輸出ですね。


 「生き残った者は国が責任を持って推すってことですか?」


 ――いま活躍されてる様々な分野のかたたちはもともと類まれなる才能の持ち主だった。いくら国家が才能のないものをサポートしても活躍はできません。スポーツなんてそれが顕著ですよね? 比留間勇さんは最初からそうとうのポテンシャルを秘めていた。なのに才能を発揮する場所に恵まれずに燻っていた。そこを私たちがそっと背中を押しただけです。国家が介入したところでプロリーグやワールドカップで活躍できるかどうかなんてその人の実力しだい。彼は元来のサッカー選手。生粋のフットボーラーだったんですよ。


 たしかにスポーツは国がどうこうしたところで試合での活躍は本人しだい。

 ワールドカップでシュートチャンスに確実にシュートを決めるなんて誰もコントロールできるわけがない。

 

 ――「窒息の家族」を書いた急近陽菜さんなんて今年で八十歳なんですよ。


 は、八十歳!?


 「あ、あの人もそうなのか?」


 なら三木元さんもあんな方法を選ばなくてもよかったかもしれない。

 ……そういうことでもない、か。


 急近陽菜は元から才能があったんだ。

 それを活かせずに八十年も耐え忍んできた。

 何歳からでも作家になれることの体現、か。

 「作家は人に残された最後の職業」だって誰が言ってたな。


 ――はい。若い学生という設定の覆面作家です。あのときは他のメンバーが壮絶な殺し合いをして急近陽菜さんだけ棚ぼたで生き残ったんですよ。急近陽菜さんはポイント制度やスマートウォッチなどあまり状況を理解していませんでしたし。運も才能のうち。初日からすでに生存者は急近陽菜さんと致命傷を負ったもうおひとかただけとなっていました。二日目にそのかたが死に急近陽菜さんが勝ち残った。「2-1の生存者」とは二日目・・・に急近陽菜さんが一人・・生き残ったことが由来だそうです。


 ……「2-1の生存者」って「窒息の家族」はなにも関係なかったんだ。

 生への渇望って、俺がまさにさっきまでいた空間での出来事かよ。

 急近陽菜も売れっ子作家になったのは実力があったからだ。


 ――ペンネームだってわずか二日でゲームが終わり”緊急的”にまるで”避難”するようにこの施設から出たことから名づけられました。急近陽菜さんは戦争体験者ですのでこういう殺し合いにもあまり驚かれていませんでしたけれど。


 「……はあ」


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