第53話 勝者と敗者 【土曜日:Saturday】


 茫然自失だった俺の手首でスマートウォッチが音を立てた。



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【分配ポイントを獲得しました】 54721pt


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 これって宮野さんのぶんのポイントが俺に分け与えれたってことだよな。

 これで宮野さんの死は確実なものになった。


 でもいまさらポイントをもらったってそんなものはどうでもいい。

 みんなが大広間に集まったあの日と同じようにドカドカとドラムロールが鳴りはじめた。

 ここに一週間しかいないのに日曜日がずいぶんむかしのことようだ。

 大広間にある三台あるモニターのうちのいちばん右のモニターの画面が切り替わった。


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「001」=「比留間ひるましょう」→脱落


「002」=「諸星もろぼしけん」→出版pt「124851」


「003」=「弓木ゆみき可憐かれん」→脱落

「004」=「三木元みきもと隆之たかゆき」→脱落

「005」=「小鳥遊たかなし優奈ゆうな」→脱落

「006」=「権藤ごんどうたもつ」→脱落

「007」=「宮野みやのりょう」→脱落

「008」=「門倉かどくら清太せいた」→脱落


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 俺の名前のところだけが金色に輝いている。

 これを見てあらためて思う。

 ほんとうに俺以外のみんなは死んでしまったんだ、と。


 ――諸星健様。おめでとうございま~~~~す! あなたがこの「Wダブリュー」部門の勝者です。 最後のおひとりになったため分配ポイントは即時反映いたしたしました。


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しばらくお待ちください。



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 中央のモニターも切り替わってわざとらしく本上部あたまに王冠を載せたブックマンが出てきた。



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「A」「B」「C」「D」「E」「F」「G」「H」「I」「J」「K」「L」「M」

「N」「O」「P」「Q」「R」「S」「T」「U」「V」「W」「X」「Y」「Z」


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 ブックマンに言われてはじめてアルファベットの「Wダブリュー」マークが消えていたことに気づく。

 でもまだ「S」のアルファベットは点灯したままだ。


 ただブックマンはいま俺のことを「Wダブリュー」部門の勝者と呼んだ。

 俺はいつのまに「Wダブリュー」部門にエントリーされたんだ?


 今日は土曜日。

 水曜日のWednesdayウェンズデーはまったく関係ないとことも判明した。 

 「Wダブリュー」ってまさか「Wannbeワナビー」のことか?


 ――の臭いや死臭を消すため施設の消臭準備の用意しておいて。あっ、すみませんこっちのマイクがオンのままでした。


 ブックマンの中の人の声がもれてきた。

 部屋の消臭って、俺が最初大広間にきたときにやけに良いニオイがしてたのってそういうことか。

 俺らの前にもここで誰か同じことをしてたからか。

 でも思ってることが口から出ない。


 精神的疲労が大きすぎる。

 あれは緊急避難だからしょうがなかったんだって自己弁護してるけど俺は宮野さんを引きずってる。

 偉そうなこと言っておきながら俺だって宮野さんを殺してしまった。


 ――いまのはお気になさらずに。運営側の事務連絡です。諸星様まずは後方のエレベーターにお乗りください。


 俺はブックマンに促されるままにエレベーターに向かって歩く。

 歩くたびにふつふつと湧き上がる思い。

 俺はこの手で宮野さんを殺してしまった。殺してしまった。

 

 これが人が持つ自責の念ってやつなんだろう。

 小鳥遊さんが抱えていた権藤さんに対する想いもきっとこれと同じだったんだろう。


 結局、八人いたなかで生き残ったのは俺ひとり。

 出版がどうのこうのなんて考えにはならない。

 本を出せる喜びなんてどこにもない。


 エレベーターの扉が自動で開いた。

 いつもならカートが横一列に並んでいるけど、いまは一台もない。

 広いどころか無限に白い荒野みたいだ。

 深夜のこの時間帯だとまだ台車がないこともわかった。


 俺がエレベーターに乗り込むとエレベーターはゆっくりと上に上がっていった。

 俺の体感でいうとビルの五、六階くらいは上った気がする。

 となると俺がさっきまでいた場所は相当な地下だったのか?


 エレベーターが止まり扉が左右に開くと、目の前にはまたエレベーターの扉があった。

 このエレベーターは一般的な大きさのエレベーターで自動的に扉が開いた。


 俺は誰の指示でもなく乗ってきたエレベーターから目の前のエレベーターに乗り移った。

 これに乗らなきゃ進む場所がない。

 このエレベーターに足を踏み入れたと同時に後方のエレベーターの扉がしまってこのエレベーターの扉もしまった。


 ゴンドラのように大きなエレベーターにいたからここの閉塞感がすごい。

 このエレベーターの中には小型テレビくらいのモニターがついていた。

 真っ暗だったモニターにブックマンが現れる。


 ――時間が押しておりますのでいましばらくお待ちください。


 時間が押してるてってどういう意味だ?


 ――それまではこちらをご覧ください。


 また画面が切り替わった。

 腰のあたりまで金髪の髪が伸びた長髪の男が映っている。

 額や頬に切り傷があって血しぶきを浴びたようだった。

 長髪で金髪の男を体を震わせている。

 そこでシーンが切り替わる。


 長髪で金髪の男は俺が見ている画面のなかで別の画面を見ながら誰かと話していた

 話相手は、えっ? ブックマンじゃなくてブックマンの友だちのマイクマンだった。


 『おめでとうございます!』


 マイクマンがさっきの俺のときのように祝福の言葉を発している。

 長髪で金髪の男は黙ったままだ。


 『これであなたの夢が叶います。おやおや。いまさら悔やんでるんですか?』


 「悔やんでなんかない」


 『そうでしょうか? じゃあ、また参加されたとしてもメンバーを殺しますか?』


 長髪で金髪の男はしばらく沈黙したあとに突然、叫びだした。


 「オ゛ォォォォォォォォォォォ! オ゛ォォォォォォォォォォォ! オ゛ォォォォォォォォォォォ!」


 『それは肯定ですか? 否定ですか?』


 「オ゛ォォォォォォォォォォォ! オ゛ォォォォォォォォォォォ! オ゛ォォォォォォォォォォォ!」


 『ぜんぜんわからないですね? ずっと一緒にバンドをやってきた仲間を殺しますか?』


 「オ゛ォォォォォォォォォォォ! オ゛ォォォォォォォォォォォ! オ゛ォォォォォォォォォォォ! 殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す」


 『すごい意気込みですね。あなたは千載一遇せんざいいちぐうのチャンスを掴んだです。私たちが最大のバックアップを約束いたします。すでに北欧のメタルバンドレーベルと交渉してますのでご期待ください』


 はっ?

 お、おい、これって、まさか。


 『モルグさん。新制シャーデンフロイデのご活躍楽しみしております』


 俺は全身から血の気が引くのを感じた。

 シャーデンフロイデ……。

 この血塗れの金髪の男って、いまはふつうにゾンビのメイクをしていて顔なんかわからないけどシャーデンフロイデのボーカルのモルグ、か。


 シャーデンフロイデはレコーディング合宿でスタジオに向かう途中なにかの事故に巻き込まれモルグ以外のメンバーが死亡した。

 それって……モルグも俺と同じようにこのゲームで生き残ったってことか? でも作家志望じゃないのにどうして。

 

 また画面が切り替わった。

 俺の精神にまた追い打ちをかける。


 額の右側に大きな傷があって血を流している比留間勇だ。

 その傷はいまや勇敢な証となっている比留間勇の”勇敢な傷”。

 比留間勇のあの傷もこのデスゲームで負ったものだったんだ。

 どういうことなんだ?


 比留間勇も誰かと話していた。

 その相手は見たことはない、でも、だいたいの想像はつく。

 サッカーボールに目と鼻と口があって両手両足が生えたマスコットキャラだ。

 名づけるとすれば、さしずめボールマンだろう。


 『おめでとうございます! 比留間勇さん』


 「これで俺は本当にプロ契約できるんだろうな?」


 『は~い。最後のひとりまで生き残ったんですからプロは確実です。まずはJ2クラブのトライアウトに参加していだきます。まあ、この時点で契約は決定です。J1までの道筋も保証いたします』


 「そうか」


 『あまり喜ばないんですね。まさか怖気づいたとかですか?』


 「俺は元からこういう性格なんだよ。これで母に楽な暮らしをさせられる」


 『そうですか』


 「もう、俺には怖い物なんてない」


 比留間勇のあの有名なセリフもこのときに生まれた言葉だったのか。

 そりゃ、ここで勝ち残ったんなら怖い物なんてないだろう。

 「比留間女子」が、世間がこの事実を知ったらどうなるんだろう。

 でもシャーデンフロイデのモルグといい、サッカー選手の比留間勇といいどういうことなんだ? 比留間翔の言っていた封筒となにか関係あるのか?


 また画面が切り替わった。

 どうやらブックマンは俺にここで生き残った者のハイライト映像を見せているみたいだ。

 つぎは……。

 シャーデンフロイデも驚いたし比留間勇も驚いた。

 でもこの人物は驚きすぎて声も出せない。

 最近めちゃくちゃ売れてる女優の佐久間さくまりんこと「サクりん」だった。


 俺が説明会にいったときの受付が「サクりん」に似てたっけ? あれも遠いむかしのことのようだ。

 「サクりん」もこのゲームで勝ったときのインタビューを受けている。

 相手は大きな鏡に目、鼻、口、それの両手足のついた頭足人マスコットキャラ。

 ミラーマンか。


 つぎに画面が変わるとブックマンがいた。

 俺は頭が整理できずに混乱中だった。


 これは作家だけが参加するゲームじゃないのか? なのにミュージシャン、サッカー選手、女優どういうことなんだ?


 ――諸星。これはどういうことなんだって顔してますね?


 ブックマンは機械音をやめて素の声ではなしかけてきた。

 中の人が直接俺に話しかてきてるのか? でもまだ声は加工されている。

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