第31話 「001」 【月曜日:Monday】

 ぜ、「001」だ。

 ついに姿を現したか。


 いや、見せざるおえないか。

 なんたって自分で注文した荷物は自分でカートを押して部屋まで運んでいくしかないんだから。

 「001」が大広間に集まっていたみんなの視線を奪っていく。


 動きが止まった空間で最初に動きはじめたのが権藤さんだった。

 権藤さんは胸を張りながら堂々と「001」に近づいていきそのまま無視して通りすぎた。

 なんだ。

 なんか声くらいかけると思ったんだけど違った。

 

 それはほんの一瞬だった。

 権藤さんが手を振りかざしたと俺が思うよりも早く「001」のタオルをむしりとった。

 権藤さんはいま「001」のちょうど背後に立っている。 


 権藤さんってこんなに武闘派なんだ。

 キューブの一作目のリーダー役の人みたいだ。

 でも、あの人って結局……。

 俺もそこまで猫をかぶってるわけじゃないけど二日目にもなるとみんなそれぞれ本性出してくるな。

 

 「001」のタオルはパーカーのフードのようになっていていまだに「001」の首元に絡みついている。

 「001」の顎の下でタオルの端と端を結んでいたから剥ぎとれなかったんだ。

 依然として口元は二枚目のタオルで覆われているけど髪や耳、目元は露わになっている。

 俺はやっぱりその目を知っている。

 どこで見たんだろう?


 「いいかげんそのタオルとれよ!」


 権藤さんは「001」の口元に巻いているもう一枚のタオルを力ずくで引きはがした。

 うわっ!? よくそんなことできるな?

 

 ん? ああーっつ!? 


 「あぁー!」


 大広間で俺より先に悲鳴のような声が響いた。

 悲鳴のようで悲鳴じゃない声。

 これを作家が文字にするならなんていうか? 単純に黄色い声だろうな。


 小鳥遊さんが笑みを湛えていた。

 どうりで俺はその目元を知っていたはずだ。

 一昨日、俺は無言のまま目と目で語りあってたんだから。


 ファッション誌の表紙の比留間勇は俺の背中を押してくれた。

 それが今まさにここにいるなんて。

 「001」のその目を見て店長を思い出したのはコンビニというキーワードで結びついたからだ。


 それでも疑問が残る。

 比留間勇はイングランド一部のプレミアリーグに所属している超一流のサッカー選手だ。

 仮にサッカーをやりながら、なにかしらの小説を出したいと言った場合でも出版社からのオファーは引く手あまただろう。


 なんせ日本サッカー界の英雄、時代の寵児。

 どこの出版社だってフィクションでもノンフィクションでも小説を出してくれるはず。

 「比留間女子」であろう小鳥遊さんが比留間勇に熱い視線を送っている。

 「比留間女子」にだって大ヒットするだろう。


 みるみる不機嫌になっていく門倉さん。

 わかりやすすぎる

 残念だけどもう小鳥遊さんの目に門倉さんは映ってないだろう。


 小鳥遊さんはさらに声を一段と高くして比留間勇に近づこうか迷っている様子がうかがえた。

 こいうのって有名人がやってきたときの空港でスマホ片手に走っている映像をよく見る。


 もうひとりの女子メンバーの弓木さんも両手を自分の胸元で組んだまま驚いた表情で固まっていた。

 えっ、もしかしてこの娘も「比留間女子」だったりする? 眼鏡の奥でレンズを通して比留間勇を見つめていた。

 恋愛小説家志望の娘さえも振り向かせる。

 これがスーパースターの力。

 

 俺には小説以外・・・・で勝てる気がしない。

 自分の得意分野でさえ比留間勇に負けたら俺の存在はゴミ以下になってしまう。

 サッカーも上手くて小説もおもしろい人間なんて、いや、世界は広い。

 そんな天が二物を与えてしまった人間のひとりやふたりくらい存在してるだろう。

 比留間勇がそうなのかもしれない。

  

 「だから隠したかったんだよな」


 「001」こと比留間勇は権藤さんに怒りをみせるでもなくぶっきらぼうに答えた。

 顔にまとわりついている邪魔くさそうなタオルを自分から剥がして手で丸める。


 「でもなんでサッカー選手がこんなところにいるんだよ?」


 権藤さんは悪びれた様子もない。

 でも権藤さんの疑問ももっともだ。

 俺も同じことを思っていたかから。

 おそらくここにほとんど人がそう思っているはずだ。

 

 「俺は比留間勇の兄で比留間ひるましょう。サッカー選手の勇とは双子なんだよ。俺のほうが羽ばたくしょうなのに勇のほうが羽ばたいてるなんてよくからかわれるけどね」


 ふ、双子? そういうことか? 同じ顔なのも納得だ。

 双子なのを世間に公表してないからみんな知らなくてとうぜんだ。

 

 それに双子だけど決定的な違いがひとつある。

 気づく人は気づくよな。

 それはあの比留間勇にあってこの比留間翔にはないものだ。

 そう比留間勇の右の額にある”勇敢な傷”がこの比留間翔にはない。 

 

 「アウトドアな勇と正反対で俺はインドア派」


 比留間勇の双子の弟、比留間翔は自分を皮肉っていた。


 「だから顔を隠してたのか?」


 権藤さんが比留間翔の顔をのぞくようにして凝視ている。


 「そう。この顔じゃ騒がれるだろ? 本当なら最初から最後まで顔を隠してたかったんだけど。おじさんにとられちゃったから。まあ、間に合わせのタオルじゃ強度に問題ありってことはよくわかった」


 「い、いや。それでもいつまでもタオルでいられないだろ?」


 ご、権藤さん。

 自分で比留間翔のタオルとっておいてそれはあんまりなんじゃないですか?


 「おじさん?」


 比留間翔は悪気も悪意もなさげに権藤さんを呼んだ。


 「な、なんだよ。俺は謝らねーぞ!?」


 権藤さんって自分本位な人なのか? 今日になってからほんとみんなの人柄がよくわかる。

 比留間翔はタオルを無理やりとられてるのにもかかわらず権藤さんに対して敬語だった。

 どう見ても権藤さんが年上なのはわかるけど、そんなことされても騒ぎ立てない比留間翔のほうが人間ができる気がする。


 比留間勇の達観したようなプレースタイルもこの双子ならでは、か。

 とくにサッカーなんてちょっとしたことで怒ってたら、すぐにイエローカードやレッドカードの対象になってしまう。


 「それはべつにどうでもいいんですけど。おじさんも名前を名乗ったらどうですか? 001の俺が比留間翔って名乗ったんだから残りの匿名は006のおじさんだけですよ?」


 「あ、いや、まあ?」


 権藤さんが比留間翔が気圧されてる。

 自分がやったことに反省でもしたんだろうか?


 「そうですよ。権藤・・さん?」


 俺はつい俺が知ってる「006」の名前を呼んでしまった。

 比留間翔が顔や素性を隠していたのは弟の比留間勇がいるからなのはわかったけど権藤さんはなんで名前を隠したいんだろう?


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