第2話 アルバイト②
「
「はい」
先輩に名前を呼ばれて俺は返事をした。
ああ、先輩が目で合図してる。
視線の先は店内にある雑誌コーナーの一画で赤文字と呼ばれる女性ファッション誌が縦三段で並んでいる場所だ。
立ち読みがつづくと雑誌の並びが乱れるため定期的に直しにいく。
赤文字と対をなしている青文字のファッション誌を整えながら思う。
なんで本を逆さに戻していく人がいるのかと? それでも窓側にある雑誌売り場は防犯や賑わいを演出するのに大事なスポットだからと半分感謝しつつ逆さの雑誌を手にとる。
上下が逆になった雑誌の天地を直し斜めになってる本もタイトルが客の目につくように並べかえる。
「五番。二個で」
先輩が対応しているお客が先輩にそう言うと先輩はレジの後ろの「五番」と書かれている棚から濃い青いパッケージの煙草をとった。
「こちらの銘柄でよろしいでしょうか?」
「はい」
俺がコンビニのアルバイトをつづけてかれこれ、十年弱。
ワナビー歴とほぼ同じだけここで働いている。
店の中やレジでの人との交流と何かしらのハプニングが俺の作品の役に立つと思ってこの仕事を選んだ。
今や非接触のレジが主流で俺はほとんどレジの前に突っ立っているだけだ。
各商品のバーコードをスキャンして袋は必要ですか? 食べ物だったらこちらの商品は温めますか? 箸はおつけしますか? スプーンとフォークは必要ですか?
商品に合わせていくつかの質問を訊き欲しい人に手渡すだけ。
スマホを使ったバーコード決済の場合は店員の仕事だけど他は客が勝手にパネルをタッチして支払い方法を選ぶ。
あとは出てくるお釣りと領収書をとって帰っていく客の背中にありがとうございましたを投げる。
商品を袋に入れることが少なくなって仕事量は減った。
十人にひとりくらいは有料の袋を買っていくけどそれでも仕事をしながらあれこれ空想する時間が増えた。
商品を袋に入れるのにも順番がある単純にパンを先に入れてその上に牛乳パックを置くとパンが潰れる。
というように袋詰めの作業でも頭を使わなければならない。
温かい物と冷たい物を一緒の袋に入れるのもタブーだ。
ほとんどの客はエコバック持参で自分で物をつめていくから楽になった。
ファッション系の雑誌を整え今、俺は乱れた雑誌のなかでひと際目立っていた「月刊フットボーラー」を手にした。
今まさにボールを蹴った瞬間のサッカー選手が表紙が使われている。
蹴り上げたシューズの周囲には削られた芝と土が舞っているのが鮮明に写っていた。
この躍動感がすごい。
表紙を飾っているのは現在、イングランド一部のビッグクラブで活躍している日本人サッカー選手の
コンタクトの強い海外選手に混ざりながら飄々と達観したプレーをしている。
比留間勇は、義務教育の中学を終えすぐにブラジルに渡った。
ブラジルの五部くらいのサッカークラブに所属後なんの芽もでることなくそこから中米や中東、東アジアのリーグを転々としたそうだ。
移籍すること十二クラブ目。
その十二クラブ目とは日本の地方都市で地域の人が趣味やっているようなアマチュアクラブだった。
現在の日本代表の監督が偶然比留間勇を発見。
試合を観戦していた監督の紹介でJ2のクラブのトライアウトに参加してプロ契約後すぐにワールドカップのメンバーに選出。
ただ選手層は厚く出番がないと思っていたところ怪我をしたメンバーの代わりにサプライズ投入。
いきなり先制ゴールを決め、二試合目、三試合目にも先発出場。
二アシスト、三得点の大活躍。
ベスト8を賭けた試合でも、終了間際、相手ディフェンスに囲まれながらも技ありループシュートを決め日本代表はベスト8まで勝ち進んだ。
そのときのインタビューが、――もう自分に怖い物なんてないだった。
まさに現代のシンデレラボーイ。
顔だってアイドルやダンスグループにいそうなほど端整な顔立ちをしている。
額の右側にある傷はなにかの乱闘でつけられたそうで比留間勇の”勇”と”勇ましい”をかけて”勇敢な傷”と呼ばれている。
そこもまたサッカー選手っぽくて人気だ。
イケメンなうえにサッカーもうまい、そして年収だっていまや億を超えて十億、いや二十億いくかいかないかってところらしい。
俺の生涯年収の何十回ぶんをここ二年ほどで稼いだ計算だ。
俺はスポーツ系雑誌を直し終えて男性ファッション誌の列に手をつけた。
比留間勇が腕を組んでハイブランドの服に身を包み表紙を飾っている。
比留間勇はサッカー以外でも露出を増やしていて熱狂的な比留間勇ファンの総称「比留間女子」という言葉さえある。
雑誌を直していて初めて気づいたけどファッション誌だけじゃなく横の列のグルメ雑誌とカーライフ系雑誌にも比留間勇が載っていた。
比留間勇のいない旅行雑誌、健康雑誌の乱れを直したあとはグラビアが表紙の週刊青年漫画の乱れを整える。
グラビア系漫画はとくに立ち読みが多い。
水着のアイドルやら若手女優やら新進気鋭の声優やらが微笑みかけてくるんだからしょうがない。
絶賛売り出し中の女優、
これでひとおり雑誌の整理が終わった。
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