ワナビー【side B】《出版を賭けたデスゲーム》

ネームレス

プロローグ 

第1話 アルバイト①

 

 ――オ゛ォォォォォォォォォォォ! オ゛ォォォォォォォォォォォ! オ゛ォォォォォォォォォォォ!


 デスヴォイス。

 コンビニの店内のBGMは店の雰囲気とは似ても似つかないメタルの曲に変わった。

 ボーカルのモルグのシャウトのあとに高速のドラムが響く。


――SEN・ZAI・ICHI・GU。SEN・ZAI・ICHI・GU。SEN・ZAI・ICHI・GU。SEN・ZAI・ICHI・GU。SEN・ZAI・ICHI・GU。SEN・ZAI・ICHI・GU。SEN・ZAI・ICHI・GU。SEN・ZAI・ICHI・GU。


 モルグがタイトルのSENセンZAIザイICHIイチGUグウをひたすら叫ぶ。

 ライブ中にオーディエンスはここでヘッドバンギングする。

 満を持して。


――コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。コロス。


 ドラムとベース、ギターとボーカルがひたすら同じリズムで殺す。

 なにをそんなに殺したいんだか。

 不謹慎だろ。

 店内では三十分に一度、この曲が流れる。

 流れるといっても自分たちで選曲しているわけじゃなくて音楽聴き放題のサブスクの仕業だ。

 店長が使用料を払って事務所に置いてあるスマホをスピーカーに繋ぎBGMにしている。


 今流れている「SEN・ZAI・ICHI・GU」はゾンビのメイクをしたシャーデンフロイデというメタルバンドの曲だ。

 ある日突然ボーカルのモルグ以外のメンバーが入れ替わった。

 バンド内でメンバーの誰かが脱退けて代わりに誰かが入るなんてのはよくある話だ。

 むしろひとりくらいメンバーが代わってこそ伝説のバンドになるみたいな感覚もある。

 ただ、このシャーデンフロイデのメンバーの交代の理由はもっとシビアだった。

 

 レコーディング合宿のためにスタジオに向かう途中で何かの事故に巻き込まれてメンバーが死亡。

 モルグだけが奇跡的に生き残った。

 

 モルグは亡くなったメンバーのためにとその事故から二週間も経たないうちにサポートメンバーを引き連れすぐに活動を再開した。

 なんという鉄のメンタル。

 べつに金属てつのメタルと音楽のメタルに精神のメンタルをかけたわけじゃない。


 あんな事故があったのにモルグはまだコロスと叫んでいる。

 元々そういうコンセプトのバンドだからしょうがないと言えばしょうがいないけど。

 俺なら他のメンバーのためにコロスなんて叫べない。

 ただ、もうこの世にいないメンバーからしてみると自分たちがいなくなってもコロスと叫ぶことこそが弔いなのかもしれない。

 この悲劇がニュースで話題になったためシャーデンフロイデの名前は広がっていった。


 と、まあ、ここまではいい。

 なぜこの曲調の曲が三十分に一回店内に流れるまでの曲に成長したのか?


 正直、この曲が市民権を得るなんて想像しがたいはずだ。

 ところがメタルその界隈で有名な北欧の大御所メタルのバンドがシャーデンフロイデを気に入り各メンバーのSNSで紹介して拡散。

 ネットの世界に時差はなくヨーロッパ、北中米、さらに南米にまで広がっていった。


 アメリカ映画界もそこに目をつけ、世界的大ヒットのパニックゾンビ映画の続編主題歌に大抜擢。

 それを機にシャーデンフロイデは日本に逆輸入され有名インフルエンサーたちがさらに拡散。

 俳優やアイドル等の芸能人たちも次々とシャーデンフロイデのTシャツ着てタオルを掲げた画像をアップ。

 ハッシュタグも「#シャーデンフロイデ」でファンを公言した。


 曲の良し悪しなんかわからない一般人も、世界の錚々たるメンバーがそう言うならとシャーデンフロイデは大ブレイクを果たした。

 もはや否定すること自体が自分の恥をさらすことになりシャーデンフロイデは良いも悪いもすべて良いという世間の評価だ。


 その人気は現在進行形で東アジアへと着実に広がっていっている。

 曲だけ聴けばシャーデンフロイデは今まで存在していたメタルバンドと何が違うのか、いや、何が秀でているのか俺にはわからない。

 良いも悪いもすべて良いだから良いんだろう。

 ただ、夢のある話だなと思う。


 ネットならジャパニーズドリーム、アメリカンドリーム、ワールドドリームも夢じゃない。

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