第29話 窒息の家族 【日曜日:Sunday】

 三木元さんが「004」の廊下の入口に辿りついたのを見計らって権藤さんは小刻みに首を真横に振った。

 権藤さんが言葉で言ったわけじゃないけど俺は放っておけの意味だと捉えた。


 ただ他のみんなも同じ考えだったみたいで三木元さんのことを悪くいう人はいなかった。

 心のどこかでみんな同じように思ってたんだろう。


 スマートウォッチの扱いやスマホについて、そう、俺たちとは世代間のギャップがありすぎるんだ。

 そんな状況なら疎外感を覚えて当たり前だろう。


 弓木さんも三木元さんの後を追うようにトボトボと部屋に引き返していった。

 でも弓木さんが歩いていったのって「003」じゃなくて「004」の部屋のほうだ。

 弓木さんは三木元さんのフォローにいったのかもしれない。

 いまの三木元さんには誰かひとりでも味方が必要だろう。


 弓木さんが去っていってから女子ひとりになった小鳥遊さんも”優奈”も帰るといって萌え袖の両手を口元に当てたまま「005」の自分の部屋のほうへ歩いていった。

 小鳥遊さんも居心地が悪くなったんだろう。


 緊迫していた時間がすぎ宮野さんたちは急近きゅうきん陽菜ひなの「窒息の家族」の次回作「2-1の生存者」を話題にしている。

 

 「宮野さんは2-1の生存者の2-1ってどういう解釈なの?」


 門倉さんも宮野さんの考えに興味津々だ。


 「僕は単純に2-1は1だと思ってるよ」


 「1になんの意味が?」


 「窒息の家族の一家心中の方法って練炭自殺だろ。だから一酸化炭素中毒の一。小説の文言にあった鮮紅色せんこうしょくの顔ってのも一酸化炭素中毒の所見に酷似しているからね」


 「何回読めばその考察にいきつくの?」


 「やっぱり読み返せば読み返すだけ新しい発見はあるよね。ストーリーが頭に入っていればその周囲にある言葉の理由を探ってあのときのあれはこういう意味だったんだって気づける」


 「だから2-1の生存者は窒息の家族の主人公のその後じゃないかって言われてるんだ?」


 門倉さんが言ったその噂は公然の事実のように言われてるけど、宮野さんのような解釈をした人が広めたのかもしれない。


 「2-1の生存者の主人公の生への執着もそれがきっかけだと思えば納得がいく」


 推理作家志望ってのはすごいな、俺とは別次元の考えかただ。


 「みなさん。カナダのキューブって映画みました?」


 門倉さんは歴史小説家志望だけど洋画や邦画にも詳しくて引き出しが多い人なんだと気づかされる。

 こうやって自分のことを話していくうちにみんなとの距離が近づいていくのか。


 「僕らと状況が似てるかもしれないって思ってますか?」


 俺もキューブは2、3も含めてぜんぶ観たことがある。


 「いやいやあれに比べたら俺らは自由すぎるしあんな凝った仕掛けはここにないだろ」


 権藤さんもキューブのことを知っていた。

 低予算映画だけど世界的に大ヒットしたカルト人気の映画作品だからな。


 「でもこの青いつなぎみるとキューブのオマージュだったりとかって思いません?」


 宮野さんもつなぎに触れながらスマートウォッチをかかげ、このスマートウォッチは現代的だよねと話している最中なのに門倉さんはパンと柏手を打ちかもしれないと感心している。

 たしかにこの青いつなぎは似てるっちゃ似てるな。


 でもこれ系のゲームってそういうもんだよなとひとり納得する。

 スマートウォッチのバンドを本気で引っ張ったって本当はそれほどの電流は流れないんじゃないかって思う。


 よくお笑い芸人が電流を流されて大袈裟に跳びはねたりしてる。

 本気で痛いんだろうけど笑えるか笑えないかのボーダーラインでやってる。

 このスマートウォッチのバンドに流れている電流もきっとそれくらいに調整されてるんだろう。


 「だとしたら僕らって反体制派で政府に邪魔な存在だから消されるってことだよね?」


 宮野さんは「窒息の家族」と「2-1の生存者」について語ってときと同じように娯楽や趣味の話をしているから冗談で言っているのはすぐにわかった。


 「それにしては俺らに対する行動制限緩すぎだろ? ああ、一服してーな」


 そういえばここにきてから俺らの行動ってそこまで極端に制限されてないことに気づく。

 権藤さんがピースのように指を立てて煙草を吸う仕草を見せた。

 権藤さんは喫煙者か、似合ってるけど。

 権藤さんだってわりと社交的なのになんで名前を「006」にしてるんだろう? スマートウォッチの操作を間違って「006」のままってわけでもないだろうし。


 「あくまで出版ゲームでしょ。部屋のどこかに罠がしかけられてるわけじゃないし。キューブならワイヤーナイフとかガスバーナーとか、それに体が溶ける酸とか液体窒素もあったっけ?」


 門倉さんはキューブの罠の一覧を指折り数えていった。

 よく覚えてるな。

 この施設にそんな仕掛けがあったら、俺らはとっくの前に死んでるよな。


 「剣山のような針、ウィルス、スピーカーからの超音波、ほかには高圧電流もあったね」


 宮野さんも詳しいし。

 俺が覚えてるのはやっぱり人が細切れになるやつと顔が溶けるやつかな。

 あれは酸か。


 「隣の部屋に罠があるかどうかって素数が関係あるんだよね? 僕らの部屋の番号で考えた場合ってどうなるんだろう? 宮野さんならわかりそうだけど」


 門倉さんは胸の「008」の数字を指差した。

 俺と権藤さんもいっせいに宮野さんに注目する。


 「ああ、ここにいる中の番号で考えるなら。002、003、005、007が助かるね」


 宮野さんは涼しい顔で瞬時に計算を終えた。

 早っ、でも俺「002」はセーフ。

 良かった、縁起いいな。


 「えっ、008ないの? 僕だめじゃないですか? 宮野さんそこをなんとかお願いします」


 門倉さんは宮野さんに向かって両手を合わせ懇願している。


 「いや、僕がみんなの番号を割り振ったわけじゃないし」


 宮野さんごもっとも。


 「006の俺もだめなのかよ。002と005ってあの若いふたりの娘か。なんだよ。ちくしょー」


 「あっ、宮野さんも007だから自分は助かるって余裕ですね?」


 門倉さんが肘で宮野さんをつつく真似をしている。


 「いや007も僕が選んだわけじゃなくて、最初から割り当てられていた番号だから」


 「まあ、そうだけどね」


 そんなときちょうど弓木さんが「004」の廊下から出てきて「003」の自分の部屋のほうに戻っていくのが見えた。

 大広間に残った俺と宮野さんと門倉さんそして、権藤さんは遠足気分で長時間

話しこんでいたと気付く。

 ほのぼのしすぎていてこんな出版ゲームで誰かが死ぬなんて考えれらない。

 やがて誰からともなく解散の雰囲気が漂ってそれぞれ部屋に戻っていった。



 部屋に戻ってからはスマホもできないしとくにやることもないので支給品のなかに入っていた「窒息の家族」を広げた。

 宮野さんの言っていた箇所を注意深く読んでいると宮野さんの解釈がよくわかった。


 宮野さんは何回目でこれに気づいたんだろう? もとから感性の鋭い人だからな。

時間を忘れて「窒息の家族」の世界に没頭する。

 過去に読んだことのある中編小説だったから数時間で読みえた。


 手元のスマホで時間を確認すると八時過ぎだった。

 午後八時ってことは二十時か。

 今日の生存ポイントはすでに二千ポイントもらえてる計算だ。


 物資のなかにあったパンと午前中のカフェオレの残りとスナック菓子を夕食にした。

 そのあとはECサイトに行ってサイト内の散策をする。

 パーティーグッズのページにはマジック用品まで売っていた。


 目も疲れてきたのでシャワーに入って早めに布団に入ることにした。

 でも、やっぱり零時を超えるまでは眠れそうにない。

 

 なんとなくだけど分配ポイントが気になる。

 分配ポイントが入るってことは誰かが死ぬことだ。

 枕元にスマホを置いてスマホの時計で午前零時をカウントダウンしていく。


 五十八秒、五十九秒、よし。

 そこからさらに一秒、二秒と待つ。


 零時を回ってもスマートウォッチに異変はなかった。

 日付が回れば分配ポイントが入る、午前零時を過ぎてもこのスマートウォッチが無反応ってことは誰も死んでないってことだ。

 セーフ、って俺、すこし考えすぎだな。


 これがキューブなら一日目で確実にひとりは死んでるはず。

 よかった。

 これはあくまで出版を書けた体験型のゲームだ。

 スマホの画面にある時計のアイコンをタップし目覚まし用のタイマーをセットする。

 九時でいいか。

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