第28話 不在の「001」【日曜日:Sunday】

 「残りは001番ひとりか」


 その宮野さんの言葉でみんながいっせいに「001」の部屋のある方向を見た。

 ある意味、権藤さんへの風当たりを和らげたみたいだ。


 「名前も名乗らずに番号を名乗ってるんだから、ここにこなくて当然なんじゃないですか?」


 門倉さんがそう言うとしまったという顔をして権藤さんを一瞥した。


 「だよね。優奈もそう思う」


 小鳥遊さんも能天気に同意している。

 体格のいい権藤さんが肩身の狭い思いをしていた。

 

 「支給品のダンボールに窒息の家族入ってましたよね?」


 すぐに状況を察した宮野さはあえて・・・権藤さんに訊いた。

 物資の中身はみんな同じなんだから、とうぜん急近きゅうきん陽菜ひなの「窒息の家族」と「2-1の生存者」が入っていたはずだ。


 権藤さんが入ってたなと答えたあとに、うんと咳払いをした。

 これは宮野さんへのありがとうだと思う。


 でも権藤さんはどうしてそんなに名前を隠したいんだろう。

 俺は権藤さんの本名を知ってる。

 でもスマホケースのカード入れに本名の入った免許証を入れておくなんてうかつすぎないか? 本気で本名を隠したいならもっと慎重になるはずだ。

 

 「読みました?」


 宮野さんはその場にいる全員に目配せをした。


 「もうすでに読んでるよ。宮野さんは?」

 

 送られた視線に言葉で返したのは権藤さんだった。


 「僕も読みましたよ。もう三、四回は読み返したかな。最初の二回は作品を楽しむため残りは勉強のため。窒息の家族って家族内の不和を窒息という比喩で表現しているうえに家族が練炭で窒息するというダブルミーニングなんだよね」


 えー!?

 すごっ!? そこに気づけるかー。

 

 「主人公がラムネだと騙されて飲んだ睡眠薬の味が苦手で吐き出してたんですよね?」


 自分で言っていま気づく。

 俺、説明会のときに苦いと思いながらもそのままコーヒーを飲んでしまった。

 こんなんじゃ小説の主人公になれないな。


 俺もあれを読んで衝撃を受けた手前この話に加わらないわけにはいかない。

 俺と宮野さんと権藤さんと門倉さんで「窒息の家族」の話で盛り上がっていると三木元さんがものすごい顔で肩を震わせていた。


 な、なんかあったのかな? いや俺たちがなんかした? お、俺らで盛り上がりすぎて弓木さんと小鳥遊さんと三木元さんを置き去りにしたからか?

 

 でも小説をテーマにあーだこーだって話すはおもしろいな。

 小説について話が合う相手は友だちにもバイト先にもいなかったから。

 そもそも身近に書き手が存在してないんだよな。


 「それはそんなにすごい作品なのか?」


 怒ってたんじゃなくて「窒息の家族」に興味があったのか。


 「三木元さん。読んでないんですか?」


 宮野さんの問いかけに対して三木元さんはかなりご立腹のご様子だった。

 なんでだろう? まさか宮野さんのリーダーぶってるかんじが好かないとかいう子どもじみた答えじゃないだろうな。

 作家は見かけによらない、の悪い意味のほうじゃなきゃいいけど。


 「ああ。読むかそんなもの。最近の小説などゴミみたいなものだろう。なんて小汚い言葉を使うんだ」


 「なにも決めつけなくてもいいんじゃないでしょうか?」


 宮野さんの言葉は三木元さんに届いていないようだ。

 三木元さんは最近の小説全般に苛立っていたのか。


 「いいや。読まなくてもわかる」


 三木元さんは真横に首を強く振って語気を強めた。


 「それはちょとひどいんじゃないですか? それをいっちゃったら三木元さんの小説だって読んでないけどつまらないって言われちゃいますよ?」


 門倉さんは宮野さん擁護派か。

 って俺もそうだけど。


 「まったくもって不愉快だ」


 三木元さんは機嫌を損ねて俺らに背を向けた。

 小さな体を揺らしながら、やや速足で歩いていく。

 

 自分の部屋に戻るつもりなんだろう。

 弓木さんだけはその場でオロオロとしていた。

 見方によっては祖父と孫でもおかしくないけど、弓木さんは三木元さんにスマートウォッチの使いたを教えたりして交流があったからな。

 心配なんだろうな。


 せっかくみんなまとまってきたのにと、思う反面、作品についてでケンカするのも悪くないと思ってしまった。

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