第12話 目覚め② 【日曜日:Sunday】

 ちょうど部屋の外を散策しようと出入口の扉に近づいたときだった。

 スマートウォッチからポンっという電子音が鳴った。

 なんだこれ?



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 【名前をお決めください】


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 画面にそう表示されている。

 名前ってなんのことだ? 【名前をお決めください】が画面が右にスライドしていく。



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 【名前は番号で名乗るもよし、ペンネームでもよし、本名でもよし】


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 電車の電光掲示板のように次々と文言が流れていった。

 どういうことだ? ペンネーム? あれ、そういえば俺サテライトオフィスの説明会に行ってからどうしたんだっけ? サクりんの似の受付の娘に説明会の紙を出して背後から燕尾服の老紳士に声をかけられそのままついていって契約書にサインをし、た、あっ!? そうだ!

 

 あそこでスゲー苦いコーヒーを飲んだんだ。

 なにか入れらたのか? 今、考えてみればあの苦さってどう考えてもコーヒーの味じゃなかった。

 薬品とかそういう類の味。



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 【番号】


 【ペンネーム】


 【本名】


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 スマートウォッチが俺の回答を待ってるみたいだ。

 一般的なタッチパネルの要領で画面に触れる。

 試しに【番号】を選ぶと俺が着ている青いつなぎと同じように【002】と出たあとに【決定】と【戻る】の二択が出た。



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 【決定】


 【戻る】


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 【戻る】で前の画面に戻る。


 【本名】を選択すると当たり前だけど【諸星健】と出てきて、また【決定】と【戻る】の選択肢が出た。

 もう一度【戻る】でひとつ前の画面に戻る。


 【ペンネーム】をタップすると今までに使用してきたペンネームの一覧があった。

 俺は今まで何度かペンネームを変えてる。

 そのペンネームがすべてが表記されていた。


 やっぱり俺の投稿履歴は全部把握されてるみたいだ。

 ということは俺が今いるここは「総合出版社財団」が関係してるどこか、か?


 出版が決まったわけじゃないし今は本名でいいか。

 そもそもあの契約書類だって諸星健で署名したし印鑑も「諸星」だ。

 【ペンネーム】からまた戻って【本名】をタップし【諸星健】と進んでいき【決定】をタップした。

 つぎは【確定】と【戻る】が表記されていた。



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 【確定】


 【戻る】


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 俺はそのまま【確定】をタップして設定を終えた。

 これで終わりかと思ったらつぎはスマートウォッチに自分の得意小説のジャンルを訊かれた。

 たくさんある種別の中で俺はジャンルを絞りきれずに大きなカテゴリーの【ノンジャンル】を選んだ。

 どこかの小説投稿サイトにでも登録してるみたいだ。 



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 【お疲れ様でした。初期設定完了です】 


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 スマートウォッチに促されるまま謎の設定を終えた。

 これがいったい何に使われるのか? ただこの質問の内容からするとやっぱり小説に関することだ。

 何かの試験とかなのか? 考えてみれば商業出版って会社が費用を負担してるだけですごい費用がかかるのは間違ない。

 俺をふるいにかけてるってのはあるかもしれない。

 

 スマートウォッチはその後何も言ってこなかった。

 よし部屋の外に出てみるか。

 ドアのノブに触れようとしたとき俺の思考よりも早く反射神経のほうが反応した。

 このノブに触れたとたんにまた電気が流れる仕掛けがあるかもしれない……。

 スマートウォッチのバンドに触れたとき経験が甦ってきた。


 冬場の風呂場ように指先だけでちょんとノブに触れてみる。

 おっ、罠はなさそうだ。

 もう、二度、三度とノブに触れてみた。

 やっぱりなにもない。

 大丈夫そうだ。


 足元に置かれていた「002」の簡易スリッパを履きドアノブを軽く掴んで右に回しゆっくりと押す。

 扉がサッと開いた。


 目の前は白い壁で微妙な明かりがある。

 ふつうの廊下みたいだ。

 でもこの廊下もこの部屋と同じで消臭剤のニオイがしている。

 べつに嫌なニオイじゃないけど。


 白い壁の廊下に出ると天井に等間隔で照明器具があるのが見えた。

 照明器具は茶碗一杯ほどの大きさの金属ボウルを逆さしたような形の中に小玉が

点いているタイプの明かりだった。


 俺の部屋の前には白地で黒文字の「002」というプラスチックの表札がかかっている。

 この部屋はこの青いつなぎと同じ「002」号室ってことか。


 ここ右に進んで行くと数メートルで行き止まりなのがわかる。

 ただそこは家電量販店などにあるカート置き場のようになっていた。


 左側はずーっと廊下がつづいてるようだ。

 進むならあっちか。

 俺はいったん部屋に戻って鍵を手にし部屋から出て扉に鍵をかけた。

 それでこの鍵をどうするかだよな。

 ずっと握りっぱなしってのもいやだな。

 あっ、そうだ!


 俺はツナギの両方の太ももあたりをさすった。

 やっぱりあった。

 このツナギには左右に一か所ずつポケットが存在している。

 そのままつなぎのポケットに「002」の鍵をしまう。

 

 行き止まりとは反対の左側の先の見えないほうの廊下を進んでいく。

 廊下も部屋と同じでカーペット生地のフローリングだ。

 一本道と呼べる廊下の五、六メートル先にかすかな光が射し込んでいるのが見えた。

 光を目指してひたすた歩く。


 俺と光の距離が縮まってきて初めてわかる。

 この光は日光じゃなくて人工の明るさだ。


 明かりの中に飛び込んでくとそこはどこかの大広間だった。

 この光はどうやらこの大広間から廊下に流れていたようだ。


 俺が歩いてきた廊下を振り返ってみる。

 見知らぬ場所だから長く感じたけど、ここから廊下の突き当りのカート置き場がかすかに認識できた。

 ただ長い廊下なのは間違いない。


 廊下の出口にも部屋の番号と同じように白地に黒い文字の「002」というプレートがある。

 これって「002」の部屋からここに来たっていう目印なのかもしれない。

 俺の部屋の隣に「001」の部屋があることは簡単に想像できる。


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