【水曜日:Wednesday】

第38話 犠牲者 【水曜日:Wednesday】

 俺の部屋がある「002」のプレートをとおりすぎ「001」プレートのある廊下を駆ける。

 「001」の部屋の前にいくと部屋の扉が開いていた。

 宮野さんが比留間くーんと呼びかけながら扉をそっと開く。

 部屋のなかからの返事はない。

 体感で三秒ほど比留間翔からの応答を待つ。


 今度は俺も呼びかけてみる。

 それでも部屋のなかから返事はなかった。

 俺と宮野さんは顔を見合わせ示し合わせたように比留間翔部屋のなかをのぞきこんだ。


 俺と宮野さんは息を飲む。

 ベッドの上で仰向けになっている比留間翔がいた。

 俺らのいる部屋はそんなに広さはない。

 比留間翔にいるこの部屋だって同じ造りだから部屋の様子がどうなっているのか一目瞭然だった。


 比留間翔は眠っているわけじゃない。

 そうこれは死んでる。

 わかりやすい目印があったそれは比留間翔の胸と鳩尾のあいだくらいにある刺さったままの果物ナイフだ。

 ナイフの周囲から血が滲んでいてそれが比留間翔の青つなぎに赤黒いシミを作っていた。


 「だいぶ時間が経ってるな」


 宮野さんは警察のように比留間翔の状態を調べはじめた。

 比留間翔の顔にまったく血の気がない。

 病人なんかの具合の悪い人を青白いと表現するけど、ほんとうにそのとおりだった。


 宮野さんが比留間翔の首筋に触れたあとに手首に触れた。

 脈を測ってるんだ。

 俺に向きなおしてから無言で頭を振った。


 やっぱり死んでるのか? この状況から考えると比留間翔は誰かに刺されたってことだよな? 宮野さんはテーブルの上に丸めて置かれていた比留間翔が最初に顔を隠すのに使っていたであろうタオルで比留間翔の顔を覆った。

 宮野さんここ最近比留間翔と仲良かったからな、俺なんかと比べ物にならないくらいショックだろうな。


 「諸星くん。三木元さんのところにも行こうか?」


 宮野さんはいたって冷静だった。


 「はい。そうですね」


 俺は促されるままに宮野さんの後について比留間翔の部屋をでた。

 ここにくるときは足早だったのに俺らの足は重い。

 俺も宮野さんもなんの会話もせずに黙々と大広間に向かう。


 「001」の廊下を出て俺の部屋の「002」のプレートを横切りすでに部屋の戻っているであろう弓木さんの「003」のプレートを越えて「004」のプレートの前にきた。


 「004」の入口のプレートを確認した俺と宮野さんは「004」の部屋に向かってまた歩きはじめた。

 廊下の等間隔の照明はトンネルを進む車内のように光と闇を交互に浴びせてきた。


 「004」の部屋も開きっぱなしなのがここからでもわかる。

 三木元さんもちゃんとカートはちゃんとカート置き場に置いているのが見えた。

 二台分あるってことは昨日の朝、十時近くまでは生きてたってことだよな。

 すでに権藤さんと門倉さんが部屋のなかにいるはずだ。

 ここでも嫌な予感がする。

 

 「三木元さん?」


 俺が声をかけて宮野さんは半開きの扉をひらいた。

 誰もいない? いや、いる。


 ぴくりとも動かないふたつ人影があるのはユニットバスのほうだった。

 権藤さんと門倉さんだろう。

 俺と宮野さんもユニットバスに向かいドアを開いた。

 鼻をつく爽快・・なニオイ。


 異様な光景だった。

 比留間翔の死が日常的だと思うほどに。


 三木元さんらしき・・・人は体をふたつに折り曲げられて水の張られていない浴槽で倒れていた。

 正確には三木元さんらしき人の体は尻もちをつき浴槽に嵌ってしまったというほうがわかりやすい。

 それでいて三木元さんらしき人の上半身は人工的な真緑に染まっている。


 緑色の正体はこの鼻をつくニオイの正体とイコールだ。

 三木元さんらしき人の上半身には大量の入浴剤が撒かれていた。

 お笑い芸にが粉塗れになっているあの光景を思い出す。

 

 三木元さんらしき人の大量にまぶされている粉の中にも一本の果物ナイフが刺さっている。

 その位置は比留間翔と同じでおそらく鳩尾あたり。

 比留間翔と同じ手口なのか?

 

 森林のニオイのなかでただ立ちすくんでいる門倉さんと権藤さんのふたり。

 やっぱり分配ポイントは正しかった。

 本当にふたりが犠牲になったってたんだ。

 

 宮野さんは立ち尽くしてる権藤さんと門倉さんの押し退けるようにして分け入った。

 三木元さんらしき人を確認すると静かにユニットバスから退室した。

 さすがにこの状況は耐えられないか。

 って俺らもこれからどうしていいのかわからない。

 頭が真っ白だ。


 数十秒くらいが経ったときに宮野さんは数枚のタオルを手に戻ってきた。

 この部屋にあったタオルか。


 宮野さんはタオルを手に巻き三木元さんらしき人にかかっている入浴剤を払った。

 サッサッと三度、四度、入浴剤を払うと青いつなぎの胸に「004」という数字が見えた。

 三木元さんらしき人はなおさら・・・・三木元さんらしい人だと思えた。


 宮野さんはつぎに顔にかかっている入浴剤を払い比留間翔のときと同じように顔を確認した。

 ここにいる全員がその遺体は三木元さんだと理解する。


 宮野さんは三木元さんの口元に耳を近づけた。

 呼吸の有無を確認してるんだ。

 首元にかかっている入浴剤を払い首の脈を測る。 

 宮野さんは大きなため息をついたあとに手首の脈も測った。

 

 宮野さんは脱力していた三木元さんの手をゆっくりと三木元さんの腹部に戻した。

 権藤さんと門倉さんに首を振って合図した。

 その一歩うしろにいた俺にも首を振った。

 そのまままたひとりユニットバスから出ていった。

 

 宮野さんはまたクローゼットできれいに畳まれていたタオルを手にユニットバスに戻ってきた。

 比留間翔のときと同じように三木元さんの顔に真っ白なタオルをかけた。

 人の死に対する尊厳。

 さすがに入浴剤を拭いて緑色になったタオルは使えないよな。


 宮野さんは権藤さんと門倉さんに発見時の状況を確認している。

 「004」の部屋の鍵は最初から開いていたのかとか? 権藤さんも門倉さんも開きっぱなしだったと答えていた。

 俺たちは足取りも重く言葉をなくしたまま、また大広間に戻った。

 


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しばらくお待ちください。



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 大広間の中央モニターはなにごともなくいつもどおりだ。


 

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