第43話 犯人【水曜日:Wednesday】

 「そこまで私のこと理解してくれるの嬉しい。気分がいいので白状します。私が翔くんを刺しました!」


 「三木元さんの体にもきみが比留間くんにつけたのと同じ左利きの刺し傷があった。どういことだ? 三木元さんの首にあった索条痕さくじょうこんは自殺の所見だけど」


 えっ? 三木元さんの首にそんなのがあったの? あのとき三木元さんを調べたのは宮野さんだけだからそれを知ってるのも宮野さんだけってことになるけど。


 「ああ、それもわっかちゃってるんだ。あなたは警察ですか? 推理小説家って人の死にどこまで詳しいんですか。まあ、あれはおじいさんの自殺を隠すためにあえてやってあげたの」


 「わざと?」


 「そう。ユニットバスのカーテンレールで首を吊っていたロープを切っただけ。そしたら絶対に浴槽に落ちるでしょ?」


 「だから体が折りたたまれたようになっていたのか?」


 三木元さんが尻もちをつくように浴槽に入ってたのはそれが理由か。


 「そう。そのあとは自殺だったのを殺人に見せかけるために首のロープを切って処分して死因がわからないようにおじいさんの体にナイフを刺して上半身に入浴剤を大量まいただけ」


 「なんのために? 自殺ならそのまま放っておけばいいのに」


 「そういう契約だから」


 「契約? 004の扉がちゃんと閉まっていたというのは権藤さんから聞いてる

。でもなぜ004の部屋の鍵を閉めなかったんだ? 三木元さんとも繋がりたいなにかがあったのか?」


 「ううん。信じてもらえなかもしれないけど。おじいさん二日目くらいに鍵をなくしたって言ってたから。だから部屋を出るときも鍵をしてないって」


 「ありえるかもな」


 「えっ、私の話そのまま信じるの?」


 「三木元さんは初日に鍵をカッター代わりにしてダンボールを開いてた。偶然かもしれないけど二日目以降はそれがなかった」


 あっ、そうだ。

 たしかに三木元さんは鍵を使ってダンボールのガムテープを切って中身の確認してた。

 それは俺も見てた。


 「んできみはどんな契約を?」


 「私がおじいさんにスマートウォッチの使いかを教えてからなんかいろいろと訊かれようになって。もの静かな私はちょうどよかったんじゃない。ワナビーのこととか最近の小説こととか。窒息の家族のこととか」


 「たしかにあの状況なら僕でもきみを頼るかな」


 「おじいさんが怒ってひとりで帰っていったとき私もおじいさんを追っていったでしょ。あれってだって契約はどうするって訊きにいったのよ」


 「どんな報酬で契約したんだ?」


 「私はただおじいさんの一日分の生存ポイントをもらう代わりに、おじいさんがいままで書いてきた小説の感想を言うだけ。説明会会場に小説を持参してきてたみたいだから」


 「なるほど」


 俺も説明会に持参していた持ち物は部屋にあったから三木元さんが原稿を持って説明に行ってたならそれはありえることだ。

 

 「だとしてもここで他人とポイントのやりとりなんてできないはずだ。スマートウォッチを使ったとしても。そっ、か」


 宮野さんは言葉を区切って語尾を上げた。

 また俺にはわからないひらめきなんだろう。


 「どういうことですか?」


 つい口に出してしまった。


 「簡単なことさ。三木元さんの部屋のモニターから彼女の欲しいものを注文するだけ。そうすれば彼女はポイントを使わずに貯まっていくいっぽうだ」


 「なるほど。004のダンボールにも弓木さんの注文品が入ってたわけか」


 権藤さんの声がひと際大きく響いた。


 「そのとおりです。宮野さん。ほんとうに賢いですね?」


 「ありがとう。でも、それがなんで三木元さんの自殺に繋がるんだ?」


 そう、俺もそれが気になってた。

 まさかこんなにポイント使いやがってこれじゃ俺の生活が成り立たないじゃないかこのヤローってわけじゃないだろうし。


 「才能ある者は大勢の無能を殺すってことじゃない」


 「どういうことだ?」


 さすがに宮野さんでもこれはわからないか?


 「窒息の家族を読んで衝撃受けたみたい。あのおじいさんって他人の小説を受け入れないでしょ? たとえそれが世間に評価されて入れる作品でも。だから私はまず支給品の中に入ってた小説でも読んでみればって言ったの。そのときは私が言うことだからって素直に聞き入れてくれたけど」


 純文学以外の小説なんてごみだって言ってたもんな。

 それを受け入れられずにひとりで怒りだして帰っていった。

 弓木さんがここで腕を組んだ。

 まだまだ話はつづきそうだ。


 「プロレタリア文学が基礎にあるってわりには弱者の気持ちはわかってないし。

男尊女卑はすぎるし。独善的だし」


 「どういう意味だ?」


 「ああ、おじいさんの小説を読んだ感想。驚くほどにつまらないの」


 ストレートにそれを言っちゃうのか? 俺ならチューハイ何本飲んでも再起不能になるな。


 「どこがそんなに?」


 「たしかに使ってる言葉とかはきれいだとは思うけど致命的な欠陥は物語が動かないこと」


 物語が動かない。

 物語が動きだすのが遅いそれは俺も選評で何度も指摘された部分だ。


 「それを差し引いてもつまらなさすぎるの。淡々とした心理描写が売りっていってたけど。内容は妻を亡くした夫が桜の木の下で妻を思い出すだけのはなし」


 「それが三木元さんの作風で美学なんだろう」


 「亭主関白っていうむかし流行ったやつですよ。純文学ってそういう意味じゃないでしょ?」


 あれは流行りとかじゃく生活様式みたいなものだよな。


 「だからこそ時代に迎合しない美学なんだよ」


 「むかしは妻につらい思いをさせたけど許してくれっていう性格が私には合わなくて。私の感想だけど何十年も抑圧した生活をさせておいていまさら許してはないでしょ。奥さんだってきっと死んでせいせいしてるわよ。やっと解放されたってね。小説を読むときって誰目線なのかが重要でしょ。あそこまで合わない主人公は初めてだったな。本当に苦痛」


 「だからきみが生きてる時代とは違う価値観なんだよ」


 「しかもあのおじいさん先生と呼ばれることが夢だって。あの内容で先生はないわ~。というか登場人物たちの人物造形がないわ~」


 「はっきり言ったのか?」


 「言うわけないでしょ。めんどくさい。わたしは比留間の推し活におじいさんのポイントを使いたかったし。窒息の家族の生活の息苦しさ表現が本当に肺呼吸ができない苦しさとリンクしたところで心が折れたみたいよ。結局のところは才能よ。自分の才のなさに打ちのめされた。七十年なにをやってたんだって思ったみたい。そして残りの人生全部を使ってももう間に合わないから死にたい。それでいながら自殺した姿は見られたくないだってさ。だから残りの全ポイントをもらう条件で自殺隠蔽を請け負ったの」


 「窒息の家族」の最後の部分ってオチで世間から評価された部分だ。


 「さすがは二大文芸賞のうちのひとつを受賞した作品だ。それが三木元さんに引導を渡したわけか?」


 才能は無能を殺す。

 ……もしかしたら。

 気づきたくないけど俺も本当は「殺される側」なんじゃないか? どこかで気づいてたんじゃないか? 見ないふりしてきたんだろ? 俺が書きたい小説のジャンルが曖昧なのも自分だけの武器がないからだろ。

 このまま四十年経てば、俺も三木元さんみたくなるんじゃないか?


 落選するたびに心の中にわいてくる闇。

 その奥を見てしまえば……本当は俺にもなんの才能もない。 

 それを自分で認めていいのか? いいや、いいはずがない。 

 弱気になるな。


 「そう。たった一冊の本が人をあやめたのよ。作者の手を汚さない間接殺人」


 「素晴らしい」


 え? 宮野さんいまなんて。

 俺には喜々とした声に聞こえた。

 

 「他者の人生を変質させてしまう小説。そんな作品を一度は書いてみたいじゃないか」


 ああ、それだけ「窒息の家族」がすごいっていうことか。

 宮野さんは急近陽菜という作家を褒めたんだ。

 急近陽菜に近づく者はその才能で溺死させられるから緊急で避難しろよ、なんて意味が込められてるってことは、ないか。

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