3、修行と出会い
俺の10年以上の推しであった悪役の女幹部であるプライド・サーシャを生存させたいという気持ちが冷めぬまま、ユキに憑依転生した次の日には何かを実行に移さないと気が済まなかった。
別にプライドが俺と付き合って欲しいなんて高望みはしていない。
ただ、ただ彼女が幸せな生存エンドを迎えて欲しいのだけが俺の望みである。
ただそれとは別に付き合えるなら付き合いたい。
アイドルと追っかけファンのような関係だ。
追っかけファンの俺は『無理だろうな……』と諦めつつ、『手を握るくらいなら……』と期待している自分もいる。
プライドの握手会とかあったら行きたいものであるが、よくよく考えたら別に彼女はアイドルでもなんでもない敵対組織の幹部であったのを思い出した。
「物語開始にユキはプライドと出会うはずだが、この感じだとまだ出会ってない。それは間違いない」
俺とカスミの年齢もまだ10歳だから、本編の『ハートソウル』が始まっていないのも頷ける。
そもそもこの主人公らが住む『アーク村』がまだまだ平和なので、ユキの冒険の動機になるRPGがまだ始まっていないことになる。
「レベルも1。使える魔法もないか……」
チュートリアルが始まるユキとカスミのステータスはレベル1だし、ただひたすらボコるしかない戦闘は、『ハートソウル』シリーズの伝統である。
「なら、鍛えるしかないよなぁ!」
プライド・サーシャの死亡フラグをへし折る為には、とりあえず力が必要である。
RPGに従うしかないようだ。
初期装備品である村の子供に配られる木刀を持ちながら、俺は部屋から抜け出した。
本編前だが、とりあえずレベリングの開始だ。
10レベルくらい上げておけば、だいぶ冒険はヌルゲーになるはずである。
鼻息を荒くしながら、家の階段を降りていく。
「あぁぁぁぁ!私のユキが……!ユキが木刀を持って……!?不良になってるぅ!イヤーッ!この世の終わりっ!」
「あ……。お姉ちゃん……」
普段温厚で木刀なんか握らないユキとのギャップにショックを受けたサキがブルブルと震えていた。
「ユキ!そんな不良に憧れちゃダメよ!?あなたは立派な大人になるんでしょ!?」
「ちがっ、違う……。身体を鍛えたいんだ」
「筋トレでも良いでしょ!?でも武器なんか持って振り回すのは不良のすることよ!?お姉ちゃん、そんなの許さない!」
「…………」
12歳になったユキが、1年以上前である今と同じレベルが1のままなのは家族的な要因があるようだった。
特にお姉ちゃんであるサキが原因のようだ。
RPGの初期レベル1というご都合展開を埋め合わせるような、よく出来た設定であり感心すら覚えた。
でも、このまま頷いてしまったら、本編開始のスタートダッシュが切れない。
前世の小学生時代に憧れた、勉強の教材である真剣ゼミのマンガと同じだ。
早いスタートを切ることで、ライバルを抜かして将来に備えなくてはいけないのだ。
「お姉ちゃん、聞いてくれ」
「どうしたのユキ?」
こうなったら、社会人経験を活かした必殺技を使うしかない。
「お、俺は……。俺はお姉ちゃんを護れるような騎士になるんだ!」
「っ!?」
必殺技:あなたのためを思って、である。
会社のクソ上司からの『お前の将来を考えて説教しているんだ!』という言い分で、八つ当たりをしてくる上司を完璧にエミュる作戦である。
俺が木刀を握るのは、お姉ちゃんのためだから。
恥ずかしい作戦だが、これでどうにかならないだろうか……?
「お姉ちゃんだけの騎士になるんだっ!」
「ドッキーン!」
子供のような無邪気さも付け加える。
なんとなく頭の片隅に残っている元のユキのシスコンも発動させておく。
「ぅぅぅ……。不良なのに!こんなの不良なのにっ!」
お姉ちゃんの中で葛藤が起きているようだ。
美しい髪に手を当てながら、木刀所持を認めるか認めないかの天秤が揺れている。
「勇ましいユキも可愛い!」
「そこは格好良いにして……」
「だってユキは可愛いんだもん!」
確かにユキはショタの受けが強いキャラクターである。
主人公であるユキですら、性的な目で見られており、薄い本がたくさん出回る人気を誇っていた。
ゲーム本編のユキの公式の身長設定は12歳で140センチである。
成長期の時期なのに、今の身長と対して変わらないという悲しい事実である。
肌もピッチピチである。
カサカサ肌な前世では、ビニール袋すら水で指を濡らさないと開けられないイライラに悩まされていたが、そんなお悩みともおさらばである。
「わかった!許す!だからケガしないようにね!」
「あ、ありがとうお姉ちゃん!」
ケガしてお姉ちゃんから心配されないように真っ先に回復魔法を覚えるチャートを組む必要が生まれたが、イレギュラーはそれくらいである。
カスミとのキャッチボールでダメージを負うくらいには弱っちい身体なので、目標は跳ね返せるようになることだろうか。
「行ってきまーす!」
「学校じゃないのにユキとお別れするの辛いよぉぉ……」
「す、すぐ帰るからっ!」
お姉ちゃんに一声かけてから家を飛び出した。
とりあえずは木刀を片手にこそこそしながら村を徘徊することになる。
「…………」
このアーク村、ゲーム序盤で村に出ようとすると『子供だけで村に出たらモンスターに襲われるぞぉ!危険だから村にいなさい』とNPCのおじさんに注意されてしまい村から抜け出せない無限ループがある。
結局、本編のプライド登場イベントが終わるまでは村から出られない。
実際学校でも、『村の外に出る時は大人と一緒の時』という教えが広まっている。
モンスターから子供を護る教えであるが、残念ながらRPGでは枷にしかならないのだ。
「よし!」
こうして1人、村の外を抜け出してモンスターを探しに出掛けたのであった。
──うおぉぉぉ!これから冒険が始まるぞ!
社会人では滾ることのなかった熱が、今は沸騰しているようである。
こういう男の子な部分がまだ自分にあったのは驚きである。
そのままモンスターが現れる序盤のダンジョン。
アークの森が見えてきた。
その森に突入しようとした時であった。
『──あっらぁ?なに、この子供ぉ?』
「あ……」
アークの森の入り口に立っていた女性とすれ違う。
その時、俺は彼女に目を奪われた。
キリッとしたちょっと上がった眉。
キツい印象のあるつり目。
雪のように白くて輝くような肌。
妖艶で、艶のある美しい黒髪。
左目の下にポツリとある小さい黒い黒子。
胸辺りの露出が高く、目のやり場に困るような黒をメインにした制服。
ちょっとだけ太い太ももを覆い隠すようなガーターベルト付きストッキング。
ナチュラルメイクながら、薄い口紅を纏った唇。
見付けた、俺の憧れの推し。
死亡フラグに愛された敵組織の女幹部。
プライド・サーシャ。
──俺はどうしたら良いのだろうか……?
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