15、殺し愛の結末

──ギンッ!



「なっ!?」


金属と金属が叩き付けられたような音がして、プライドは驚愕しながら目を見開く。

そこには、彼女の企みに反して折れていない木刀が原型を留めていたのだから。


「なんだそれは!?それ、木でしょ!?木!木はね、『ギンッ!』なんて音しないのよっ!」

「急にプライドが一般常識を語り出した……。しかし、なんだこのガキの武器は?」


対戦相手のプライドと、立ち会い人のレインが呆然とする。

『プライドさんの剣を防ぐあの木刀はなんだ?』と、モブ騎士さんもざわざわ騒ぎだしていた。


「これはアーク村の子供全員に配っている自衛用の木刀さ。アークの森で取れる木は丈夫って授業で習っただろ」


アーク村の学校の授業で習った内容であり、それがこの国の一般常識なのかは一切知らない。


「まさか……、この木刀は見た目に反して最高級な樹木で造られた木刀か……。確かに上級のアークの森の木は高値だからな。木刀がこんなに硬いなんて知らなかったぞ、ユキ」

「いや……。盛り上がっているところ悪いが、これはただの棒切れだよ」

「なに……っ!?」


プライドが何故か上級の木刀だと納得したようだが、別にそんなことはない。

いきなりのポンコツ発言が可愛らしく、顔がにやけてしまう。


「アーク村のお土産品として売っている500ゴールド程度の安い木刀だぜ。村のおじさんたち愛用だ」

「なるほど、安値で固くて良い木刀だな。素晴らしい技術力だ」

「いや……。折り曲げようと思えば子供ですら壊れる安い木刀だが……」

「…………」

「…………」


お互い黙り込みながら、まばたきをし合いアイコンタクトをしていた。

「くっくっくっく……」と、立ち会い人の眼帯女が口元を押さえ付けながら笑いを噛み殺し、モブ騎士さんが「耐えてくださいレインさん!」と諭している。


「なるほど、強い剣だな」

「くっくっくっく……。あいつ、木刀って事実に目を背けやがった!ウケるぅぅぅぅ!」

「じゃあ、レインさん。あの木刀はなんですか?」

「え?は?…………あれは、その……、普通の剣に材木模様のメッキを付けた特殊なやつだ。間違いない」

「違います。単に俺の役に立たないバフ魔法ですよ。魔法を使って強度を上げているだけです」

「バフ魔法!ユキ、お前はバフ使いなのか」


基本的にヒーラーにチャートポイントを極振りしているので、レベルアップで覚えるしかないバフ魔法しか使用出来ていない。

そうなると低級のバフ魔法しか使えないというのが俺のユニットの性能である。


「しかし、基本的なバフ魔法は使い手には使えないはず……。なのになぜ?お前はバフ魔法にチャートを振っているのか?」

「いや、違うよプライド。これは単に武器の性能を上げるバフであり、俺自身は生身そのものですよ」


武器の耐久値や、攻撃力や鋭さを上げるだけのめっちゃ地味なバフである。

ゲームでは武器の性能を上げるよりも、レベルを上げまくった方が効率が良いと判断され、まったく評価されなかった不遇なバフである。


「ユキは珍しいバフ魔法が使えるのだな。はじめてだよ、そんな相手」

「そ、そんな!プライドのはじめてなんて……!」

「ば、バカ!変な言い方をするな!」


プライドが甲高い声で指摘してくる。

それからは「コホン」と咳払いをして再び剣を構えた。


「バフ使いか。騎士はみんな己の身1つで道を切り開く者が多いから楽しみだな。相手にとって不足なし」

「プライドにそう言ってもらえて光栄だな」


神々しい見た目と名前に反して脳筋の剣『ディアナ』。

プライドの剣は、先ほどよりも輝きを増す。


「はぁっ!月影流剣『影縫い』!」

「ぐあっ!」


プライドの専用技である8連続の突きを繰り出され、避けようと足を動かすが3発が腹にめり込み、胃液を吐き出す。


「うっ……。いってぇ……」

「8撃全部を的確に狙う技だが、まさか5発も避けられるとは驚いたぞユキ」

「嘘だろあのガキ……。プライドの初見殺し技を素で半分避けやがったのか……」


『ハートソウル』終盤の8撃全発クリティカルヒットを繰り出すインチキ必殺技をこんな簡単に出しやがって……。

最高じゃねぇか……。

口元の胃液を手で拭いながら、プライドから視線を外さない。


「これで手っ取り早く気絶してくれるのを期待していたのに。……岩のように頑丈だなユキ」

「エリィィィトに褒められて嬉しいね……」

「だが、フラフラじゃないかユキ。わたしはまったくお前の攻撃を受けてはいない。これが実力差だ」


確かに……。

平衡感覚が狂ったのか、まともに立てなくて足がフラフラする。

そこにプライドが立っているのに、気絶なんか出来るわけがない。

俺は自分の本命の魔法を唱えることにする。


「『ヒール』」

「ほぅ、回復魔法か。バフに回復と補助系スキルが豊富だなユキ。エリィィィトの前に補助役が立つもんじゃないよっ!月影流剣『流れ星』っ!」


心臓を貫くような技を放つプライド。

それを俺は見切って『流れ星』を避ける。


「なっ……!?早いっ!?」

「プライド……。愛してる」

「っ!?いつの間に背中にっ!?」

「愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる……。だから……」


必殺技も何もなく、刃物のように鋭さを持ったバフが掛かった木刀を露出の高い制服ごと俺もプライドのように突き刺していく。


「村の平和のために死んでくれ」

「がはっ……。げはっ……」


彼女の美しい身体を、血で濡らしていく。

そのまま、ゆっくりとプライドの身体は地面に吸い込まれていくように倒れた。

俺の頬にまで飛んできたプライドの血はそれは温かく、俺を祝福しているように感じた。


「はは……。まさか……、エリィィィトで……、十柱騎士であるわたしが…………、坊やに負けるとは……」

「プライドに認められたいから、俺はあんたを越えることを目標にしていた。どうだった?」

「みとめるさ……。ははっ、あんなに死にたくなか、った……のに。ユキ相手に満足するとは……」

「プライド。君は騎士として死ぬんだ」


彼女の宝石のような手を取った。

プライドの残った温もりが名残惜しい。


「しあわせ、だなぁ……」

「俺が手をずっと握っててやる。だから、そのまま死んでくれ」

「…………ふっ」


彼女は、最後の力を使いながら触っていた俺の手を握ってくれた。

命が失くなる瞬間が肌を通して伝わってくる。

死亡フラグに愛された女幹部のプライド。

騎士の尊厳もないまま、雑に殺されるくらいなら俺が自分の手で君を殺す。


「ゅ…………き…………」

「プライド……。逝ったか……」


呼吸は途絶え、身体が冷たくなっていく。

プライドの美しい身体は、──屍になった。


「騎士の決闘は俺の勝ちだ。立ち会い人のレイン、プライドの屍を確認しろ」

「あ、あぁ……。プライド?プライド……?」


俺と手を握ったままのプライドは目を覚まさない。

レインが脈を触ったレインが、息を呑んだ。


「プライドが死んだ……」

「ええっ!?ど、どうしますかレインさん!?」

「撤退だ!撤退する!プライド・サーシャは戦死した。オレが代理で命令を下す!退けっ!」


モブ騎士さんたちに撤退を告げると、無言で1人2人と道を引き返していく。

暗い夜に、金属音を立てながらの足音ばかりがギシュギシュと響いていた。


「プライドとの騎士の誓い、守ってくれてありがとうなレイン」

「はぁぁ?呼び捨てすんなよクソガキがっ!てめぇがプライドを殺したんだ。お前は全力でウチらのインフェルノを敵にまわしたんだからな?肝に銘じろよ」


いつものように不機嫌にしながら眼帯女も騎士集団の殿を務めることになる。

3分も経たない内に、全員の背中が見えなくなっていた。


「プライド……。プライド……」


ついさっきまで、殺し愛の決闘をしていたなんて実感がない。

そして、プライドがこの世にいない。

そう思うと、胸が張り裂けそうだった。

やっぱり俺はプライドが大好きなんだ。

その自覚を持ちながら、プライドの手をもっともっと強く握り締めた。












「『ハートリターン』」


そして、回復魔法へチャートポイントをマックスまで振ってまで入手した、ヒーラー最強の魔法をプライドに使用した。

すると、みるみる内に致命傷の傷が癒えていく。


「…………ユキ?」


死者蘇生。

『ハートソウル』のパーティー完全復活魔法の『ハートリターン』。

これが、俺の最強の武器であった。


──最初にこの魔法を使える相手がプライドで本当に良かった。

俺は、嬉しさが込み上がってきたと同時に涙を流していた。

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