20、ユキの誕生日
『明日の朝、ユキの家に行くからな。さよなら』
サバサバしたプライドの言葉で昨夜はお別れをして、寝静まった家族たちの家に帰ってきた。
長い夜は終わり、なんとかアーク村がプライドたちにより燃やされる末路にはならずに済んで一安心である。
一応、お父さんとお母さんの寝姿。
お姉ちゃんの寝姿と3人が寝ている姿を見ると安心する。
『明日はユキの誕生日だもんねーっ!おやすみ、ユキっ!』
彼女が寝る前にお姉ちゃんのサキから頬づりをされてそんな声で眠りに付いた(その後、プライドやレインたちと会いに行った)。
これが、放火と両親の悲鳴で無理矢理サキから叩き起こされる結末も回避出来たのではないだろうか。
色々終わったことに安堵しながら、ベッドに入り目を瞑る。
若い12歳の身体であるが、もう疲労はピークである。
30歳会社員の2時間残業ともまた違う疲れに心をリラックスさせながら目を閉じる。
『……ユキの魔力がわたしの身体を駆け巡って……。ユキのすべてがわたしに入ってきたみたいでテレる……』
『呪いを解く際にお前の魔力がわたしに強くまわったからな。お前にも、その感覚を味わってもらおうという意地悪だ』
『何回もキスしたのに、ソファーの隣に座るのに恥ずかしがることなんかないじゃないか』
「寝れるかぁぁぁぁぁぁ!」
プライドとのやり取りばかりがリフレインされまくり、疲れているのに一切眠れない……。
キスの感触から数時間、興奮が収まらない。
目と精神は死んでいるのに、やたら息子は覚醒しているという生き地獄。
その苦しみに耐えながら、1秒1秒を長く刻んでいった夜であった。
─────
『ほらぁ、ユキ!早く起きなさい!『寝る子は育つ』、なんていう悪魔の教えなんか守らなくていいの!ユキは小さくて可愛い私の弟なのが自慢なんだから!』
「はぁーい……」
結局寝れたのは早朝の5時過ぎになった辺りである。
時計を見ると、8時過ぎ。
まだ3時間も寝たかどうかくらいである。
マジで眠たいのだが、お姉ちゃんであるサキからの起床命令の通告があったので起きなくてはならない。
モゾモゾしながら『あと5秒数えたら起きる』とか心で言い訳にしながら、1から5の数を頭で数えていく。
しかし、1セットではまだ布団から出る体力は回復せず最終的にこれを3セットこなしてようやく起きる決心をした。
それから部屋のドアを開けて、家族全員が集まっているリビングに足を運んでいく。
「誕生日おめでとう!ユキちゃぁぁん!」
「お姉ちゃん……。俺、男……」
やはりと言うべきか、家族の誰よりも早く誕生日を祝ってくれたのはサキであった。
扱いはいつものようにブラコンである。
「ユキはね、女顔の男というだけで最強の価値があるの!私、本当は妹が欲しかったのだけれど、ユキを見たらユキを妹みたいに育てようってずっとずっと考え方いたんだから!はぁぁ、可愛い……。国宝級レベルに可愛いユキは一生私が守っていくんだから!」
サキは俺を可愛いと褒めるが、俺から言わせるとプライドの方が1億倍可愛いのである。
俺レベルで国宝級なら、プライドは宇宙宝級である(宇宙宝級なんて単語は存在しているのだろうか?)。
「ほらほら、本当に姉弟仲良しなんだから。ユキもサキの言うことはよく聞くシスコンなんだから。ね、お父さん?」
「は、ははっ……。そうだな……」
お母さんは楽しそうに笑っているが、最近のお父さんは俺に対して距離を置いていた。
まったく身に覚えがないのだが、なんか俺にびびっているような気がする。
「ゆ、ユキ……?」
「どうしたのお父さん?」
お母さんとお姉ちゃんで朝食の準備をはじめるなか、俺は食器を並べているとギクシャクしているお父さんが俺を呼び止めた。
なにか叱られるようなことでもあったかな?と、記憶を遡らせていくが心当たりはない。
今日は完全に仕事が休みみたいだし、なんかの用事でもあるのかと思っていたら、まったく予想の出来ないことを問うのであった。
「お前……、強いのか?」
「……は?なにが?」
「そのだな……。力とか?」
「力???」
「(なんで昨日の寝る前よりも、ウチの息子は2レベルも上がっているんだ!?おかしいだろ、これっ!)」
「俺の力なんか弱っちいよ。カスミの方がよっぽど強いから」
「……そっか。ユキよりカスミちゃんの方が強いのか」
やたらシリアスな顔付きで呟くと、お父さんは困ったようにしてため息を吐いた。
俺が男なのに、女のカスミの方が強いのを嘆いているのかもしれない。
だが、あの脳筋女に力で負けるのは許して欲しい。
瓦を割るどころか、破壊できるあの女は多分アーク村一力が強い娘なのは確かである。
前世で大人気であったやたら殴り合いが強い奴がたくさん登場する某推理マンガの名探偵なんちゃらのキャラ世界に放り込まれても生き抜ける程度には強い。
黒い人である犯人に殺されそうになってもカスミなら余裕で返り討ちにしていそうだ。
「そっか。カスミちゃん、確かに強いもんな……」
遠い目になったお父さん。
なにかを感じ取っているのだろうか。
イマイチあまり絡みがないからか、父親のことは知らないことばかりである。
俺はというと、朝の内に出向くと言っていたプライドがいつ来るのかと少しソワソワして落ち着かない。
俺は緊張しているようだ。
それからは、いつものように朝食のパンを家族で食べていた。
『ハートソウル』で、もしプライドが村を焼き払いに来なければ、ユキの12歳の誕生日がこんなに普通に穏やかに送れることに不思議なギャップがあった。
「ユキも誕生日かー。そろそろ将来考えないとね」
「将来かー……」
お母さんに話を振られて、将来について考えてみる。
こちらの世界に来て1年と少し経つ。
前世では子供の時の将来と呼ばれる30代になっていたが、なんとも夢のない大人だったのだろうと苦しくなる。
「私は学校卒業したらユキときらやかな王都に行くの!あー、楽しみぃぃ!」
聞かれていないはずのサキはそんな夢を語っていた。
その語る夢には、希望が詰まっている。
「ユキの学校はどうするのよ?」
「いっそユキも王都の学校に転校しましょう!」
「そんなお金もコネもエメラルド家にはありませんよ」
「私の護衛のユキがいるわ!ユキなら冒険者になってたくさん稼いでくれるわ!」
「…………ユキなら余裕だろ」
「お父さんまで!?ユキはカエルすら触れない弱い子なんだから圧をかけないでください」
「ユキが弱い子……?」
お父さんはなんとも言えない顔で俺を見ていた。
因みに、カエルは前世を思い出す前も、今現在も触れないのは間違いない。
当然、気持ち悪いからだ。
そんな感じにエメラルド家での平和な日常が繰り広げられていた。
チラチラ時計を見ながら、時間を意識していると、コンコンと家をノックする音がした。
──プライドが来たっ!
そう思うと、鼓動が早く重くなっていく。
反射的に背筋が高くなるし、前髪とかを弄って少しでもオシャレに見せようと格好付けてしまう。
お母さんが「はーい」と言いながら、お客さんをもてなす。
お母さんが扉を開けた時、我が家の前に女性が立っていたのだった。
「おはようございます、おばさん!ユキ、誕生日ですよね!祝いにきました!」
「あらぁ、カスミちゃん!いらっしゃい!ユキもサキもみんな家にいるわよ!」
「お邪魔しまーす!」
脳筋ポニーテールのピンク髪の少女が玄関に立っていた。
違う、お前じゃない……。
招かれざる客であるカスミが、俺の誕生日を祝いに来たのだった。
俺の緊張を返してくれ……。
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