19、虐殺と仇

【『ハートソウル』プロローグ】





「アーク村のすべてを──焼き払えっ!」


プライドの指示の元、騎士の火矢が次々と放たれていく。

1つ、2つと村にある住居に火が付いていく。

プライドが女を捨てることになった呪いの元凶である火を忌々しく思いながら、深くため息を吐いて心を落ち着かせた。


「よし、王の命令通りに村人を殺害してまわれっ!」


騎士1人の『火のダメージを打ち消す』魔法が全員に使用されると、村に10人程度の騎士が雪崩れ込んでいく。


「おい、プライド。本当にこんなのが王の命令なのか……?」

「すべて命令通りです。レインさんとはいえ、エリィィィトであり十柱騎士であるわたしの命令に従わない場合は命令違反ということでこのまま切り捨てます」

「このクソ女がっ!王の命令とはいえやって良いこと、悪いことがあるだろうがっ!」

「それは、あなたが王の恐怖を知らないからです。ほら、村人がこちらに逃げてきますよ。全員、殺害してくださいね」

「わーってるよっ!」


プライドは自分が飛ばされた左腕の痛みの恐怖を思いだしながら、レインに村人の殺害を命令した。

『殺されたくない』、『死にたくない』、『誰かがやらなきゃ世界に平和はやってこない』。

心の中で、自分の行いは間違っていないと言い訳をしながら燃え盛るアーク村に突入していく。


「ぎゃああああああ!?」

「なんで騎士様がっ……あっ」

「ひいいいいい」


レインと別れた位置からは村人の悲鳴がこだまする。

彼女は渋々ながらも、命令に従ってはくれているようだった。

後輩であり、上司になったプライドが嫌いなのはよく知っているし、今回の件で軽蔑されたことも肌で感じ取っていた。

近い内レインがインフェルノを裏切ることになりそうだと思いながらも、それを見ないようにプライドは目を背けた。


「エメラルド家……。あそこかっ!」


そして、王が求める『エメラルドの証』を持つエメラルド家の家へ直接攻め入るプライド。

当主であるロス・エメラルドはレベル23とそこそこに腕が立つらしく、しかも妻であるマキ・エメラルドはバフ魔法を使う。

部下である騎士では負ける可能性も考慮して、大将であるプライドが自ら目的地に走ってきたのであった。


「火事だ、逃げるぞマキ。サキとユキも早く起こすんだっ!」

「え、えぇ……」

「誰だっ!?」

「ひっ!?」


エメラルド家へ突入すると、当主のロスがすぐにプライドの登場を察知する。

(さすが、元冒険者だ)と、彼の動きを評価していた。


「ロス・エメラルドだな。『エメラルドの証』をインフェルノの騎士であるわたしに譲っていただきたく現れた。どうか、抵抗してくれるな」

「お前ら……。『エメラルドの証』が目的でこんなバカなことをっ!」

「しゃべるつもりはないと……。残念です」


抜刀した剣の『ディアナ』を光らせながら振り下ろし、ロスの首を跳ねた。

バシャァという血が飛び散る音がすると、妻であるマキにその赤が飛び掛かる。


「ひっ!?いやぁぁぁ!?サキっ、ユキっ!」

「会話が出来ないと判断。残念です」


マキの首もロスと同じように跳ねる。

首のない死体が2つ転がった。

煙と火が家を包む中、『ディアナ』の輝きが光になり、ライト代わりになっていて自力で『エメラルドの証』を探す必要がありそうだった。

だが大体の場所の検討は付いており、プライドがロスの死体の衣服を漁っていると、翠に輝く珠を見つけ出す。


「ふふっ。目的は果たしたな……」


王が世界平和のために『エメラルドの証』を求めた。

何百万人という数の人の命を救うためならば、たかが1000人程度の村なんか切り捨てろ。

王という人物はそういった思想を持つ人物であった。

満足そうに『エメラルドの証』を懐に仕舞い込んだ時だった。

ガタガタと2人ほどの人物が階段を降りる音がする。


「お父さん……?お母さん……?この火はなんなの……?さっきの悲鳴はなに……?」

「だ、大丈夫?お姉ちゃん……?お、俺怖いよ……」


マキと同じく白髪頭の姉弟と出くわした。

口元にハンカチのようなものをあてがって煙を吸わないようにしていたようであった。

すぐにサキとユキという娘と息子だと察した。


「おかあさん……?」


先ほど殺した母の死体を見てしまい、顔を青ざめたサキ。

そして、すぐ近くには剣を持った女が立っている。

犯人なんか推理する必要もなくサキには誰かがわかった。


「ユキ!お姉ちゃんと逃げるよ!」

「なんで?お父さんとお母さんは……?」

「もう手遅れ……。泣きたいけど、まだ泣けないから!はやくっ!」


サキがユキを連れだそうと手を握った時だった。


「え……?」


サキの手が宙に飛ぶ。


「おねっ……、お姉ちゃん……?」

「ユキっ!?逃げてっ!はや──」


だが、言いたいことも伝えられないままサキの首も跳ぶ。


「お姉ちゃん……?」


ユキの目には首が跳んだ姉の姿がハッキリと映された。


──今日、起きたら『誕生日おめでとう』と家族から祝福してもらえるのが楽しみだったのに……。

自分の誕生日を祝ってくれるはずだった父も母も姉も、ユキにはもう誰も居なくなっていた。


「お前っ……!許さない!許さない!」

「クスクス。許さないだってー?かわいいー。どうしたのボクぅ?怒っちゃったかなぁ?」

「ッッッ!?殺す……。殺す!家族の……。お姉ちゃんの仇っ!うわぁぁぁぁ!」


ユキが怒りに任せて泣き叫びながらプライドに殴ろうと拳を振るう。

しかし、ひらりひらりと蝶が飛ぶように華麗に彼女は彼の怒りをかわしていく。


「おっと、危ない。虐めたい気持ちが昂っちゃったけど、殺さなきゃいけないんだった」


『ディアナ』を持ち、「仲良く家族とあの世で暮らしていな坊やっ!」とゾクゾクした顔を隠しもしないで剣を振り下ろした時だった。


「ユキっ!逃げるよっ!」

「か、カスミ……?」


ドタドタと窓ガラスが割れた音に反応し、プライドの動きが止まる。

それが功を奏したのかユキの首は跳ねられなかった。

ガラス割ったと同時にエメラルド家に突入してきたユキと同い年くらいの少女が彼の手を引いて逃げていく。

ユキの足は完全に動かされている状況で、少女──カスミだけが全速力で走っていた。


「絶対にあんたら騎士なんかに捕まらないんだからっ!」

「……お前の顔、覚えた。絶対にいつか復讐してやる」

「チッ……。逃げ足の早い」


ユキを引っ張ったカスミはそのままエメラルド家を出ていき、火が上がるアーク村を駆けていく。


「おい、止まれっ!」

「あちょーっ!」

「──がっ!?」


プライドが連れて来た中で1番の新人なレベル5の騎士が1人カスミに向かって襲いかかるも、彼女がドロップキックを放って大人をのしていた。


「カスミ……?これからどこ行くの……?」

「どこでも良い……。こんな騎士がいないどこかへ……」


村を出ると、村人の死体が10人ほど転がっている場面に遭遇する。

そこに眼帯をした女がしかめっ面をして待機していた。


「ちっ……。なんだよ、子供かよ……」


舌打ちをしながらレインは目を細めた。

今まで切り捨ててきたのは40代くらいの村人だけ。

10代前半の少年少女を見ると、さすがのレインも「嫌だなぁ……」と面倒そうに呟いた。

特にユキは10歳以下に見えていた。


「くっ……!ユキ、私があいつ吹っ飛ばす!」

「か、カスミ!?勝てるわけないよぉ……」

「大丈夫!私、瓦割れるから!」

「誰がおめぇみてぇなガキに負けるかよ。瓦くらいオレだって割れるっての」

「…………(え?瓦割れるの普通なの?俺、割れないよ!?)」


兜を被った騎士が1人カスミの手により気絶したことを知らないレインは鼻で笑った。


「はぁぁぁ…………。行けっ。見逃してやるクソガキ共」

「え?」

「早く逃げろ!プライドとか他の奴らに見付かったらお前らも殺さなきゃならねぇ!お父さん、お母さんみたいに殺されたいなら殺してやる。だが、生きたいなら逃げろ。全速力でだっ!」


レインが親指で後ろを差す。

ユキとカスミはアイコンタクトをしながら頷き、燃え続けるアーク村に背を向けてそのままアークの森へと逃げていく。

彼らは村を滅ぼしたインフェルノへ復讐するために、走った。

死んでいた方が楽だとしても2人は走った。

レインが見逃した2人が、後に世界を揺るがすことになるなどこの時はまだ誰も知るよしがなかったのであった……。








─────






「っっっ!?」


プライドは目を覚ます。

なにか気持ち悪い夢を見た気がして、胃液を吐き出しそうになったのをグッと堪えて、すぐに水を口にしてうがいをする。


「ここは……、アーク村の宿屋か……」


ユキとシャワーを浴びて、彼からベッドへと運んでもらい、別れたことを思い出す。


「…………」


先ほど見た夢の内容は覚えていない。

でも、何故か夢のことを思いだそうとすると後悔が波のように押し寄せて、涙が溢れてきた。


「ユキ……」


だけど、不思議とその名前を呼ぶと凄く安心する自分がいた。

これが恋なのか、わからない。


──ただ、自分はようやく女に戻れたのだと思うと不思議だった。


「さて、アーク村を守るためには……」


彼女はこれから行動するべきことを考えながら、カバンに入っていた予備用のインフェルノの制服へと身を包んでいたのであった。

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