39、レインの災難──モテモテ女は辛いよ

「おいおいおい……。そりゃあねぇだろうよ……」


第5騎士フュンフ室にて、1人の女の気落ちした声が響いていた。

ただでさえボサボサになっている灰色の髪が、より酷くボッサボサと爆発していた眼帯の女はブツブツブツブツと文句を垂れ流しにしながら雑務をこなしていた。


「ったく……。プライドがくたばってあの女との出世争いは無くなったけどよぉ……」


紙に向き合い、ペンでサインを書いたりする資料の束の横でレインは荒れていた。

それもそのはず。

脱落したプライドが空いた十柱騎士である第5騎士の座に就けることはなく、第5騎士代理という立場であった。

お給金や立場は変わらず、しかし責任と仕事だけが十柱騎士と同等の位置という貧乏くじを引かされたレインはイライラした様子でプリントを読んでいた。


「はいはい。修行用の剣くらい好きに買えってんだ。1ダースでも好きに買えや!承認、承認」


くだらない報告書のサインまわりに彼女のやる気は皆無だった。

ヘナヘナとしたサインの文字が『レイン・フレータ』と書かれてある。


「プライドならこんなクソみたいな資料にもきっちりサインしてたんだろうなー。アホくせぇ、バカじゃねぇの!」


文武両道なプライドと違い、体育会系のレインが椅子に座っての作業はどう見ても窮屈であり、誰から見ても不釣り合いだった。

実際、十柱騎士になる前からプライドは書類関係の雑務に、騎士の肉体労働も両立していた。


レインが座り心地が悪い椅子に座りはじめて2時間が経ち、「ケツがいてぇ」とか言いながら半ケツになって、ケツを右手で撫でたりしていた。


「はぁぁぁぁぁ……。こちとら、右目が見えてねぇんだぞ。左目が見えないと障害者になるオレになんて酷い仕打ちだ……。死んでくたばってからもプライドがオレを苦しめる……。ぎぎぎぎぎ!」


実際は王がレインに押し付けた仕事だが、彼女はプライドのせいと罪を擦り付けていた。


『きゃはははははは!レインせんぱぁぁぁい、ガンバでぇぇす!』というプライドの煽りが聞こえそうになっていた。

タメ息を吐きながら、細目になり資料を読んでいく。


「ゴブリンの大軍とか斬りまくってストレス発散してぇ……」


この資料の束がないと、騎士の特訓は出来ない。

ざっと視界にある資料はプリント300枚ぶんはある。

途方がない雑務仕事に、机に突っ伏して頬に冷たい木の温度が染み渡る。


『レインさんがプライド様の変わりなんて不相応ですわ!なんですか、この体たらく!』

「あー?」


レインがだらけた返事をしながら扉に視線を送る。

そこには制服を着た後輩騎士が彼女を見下した目で見ていた。

赤い炎のような長い髪を揺らし、黄色のヘアピンを付けた少女であった。


「プライド様が座るはずだった十柱騎士の第5騎士の席にどうしてレインさんみたいなケダモノが座っているのか。理解出来ません」

「しゃーねぇだろ。プライドが死んだんだから……。心臓が止まった姿も確認した。あいつのことは忘れろ」

「納得出来ませんわ……。せっかくプライド様が十柱騎士になり、その席に座ったあの方が見たくてずっとずっと応援してきたのに……!まさかわたくしが遠征任務中に殉職なさるなんて……。酷い話しではありませんか!レインさんが立ち会ってみすみすプライド様を見殺しにしたあなたを絶対に許しませんから」

「ケッ!後輩のリゼに許されねぇからってオレには関係ねぇよ。サボり目的にオレをダシにすんじゃねぇ」


「はぁぁ!?」と、プライド派閥筆頭だったリーゼロッテは怒りを隠さなかった。

プライドに文句を言っていたレインが、彼女が亡くなったことにより文句を言われるポジションになっていた。

(あいつを虐めていた因果応報かねぇ……)とレインは面倒そうな顔でリーゼロッテの顔を見ていた。


「サボりじゃありませんよ。報告です。プライド様の死の原因になった『エメラルドの証』についてです」

「なに……?」

「現在、アーク村から『エメラルドの証』が離れてしまいました。ちょっと前までサラグスにあったらしいのですがまた移動をしたようです」

「つ、つまりなんだぁ?プライドを殺したガキが『エメラルドの証』を持ってどっかに移動してるってか」

「単細胞なのに察しが良いですね」


「死ね」と冷たく返すレイン。

プライドを殺したユキが移動しているとなると、かなり厄介だと奥歯に力が入る。


「プライド様の仇を討つまでわたくしはそのガキを地獄までも追いかけますよ……」


リーゼロッテは不敵な笑みを浮かべた時だった。

ツカツカツカと、露骨な足音が第5騎士室に反響する。


「ゲスで気品のないキャンキャン吠える動物風情が。俺の前によく立てたな」

「あぁん?なんですかあなた!?プライド様以外がわたくしに意見をしないでくださいませ!」

「十柱騎士の俺に十柱騎士でない動物が口を利くのを許したつもりはない。死んでおけ」

「ガッ……!?」


男は素早いスピードで刀を振り、リーゼロッテのお腹を定規で引かれた線のように真っ直ぐ切り裂いた。

「げふっ……」と血を吐きだしながらリーゼロッテの身体が床に広がるカーペットのように広がる。


「おい、あんた……。今、リゼを峰打ちにしないでそのまま切り捨てたな……。死んでるかもしれねぇじゃねぇか」

「どうでも良い。そんなこと。それよりも、俺のプライドが俺の目の届かないところでくたばったのが酷く不快だ。その立ち会いをしたのが十柱騎士代理な狂犬のお前なんだってな」

「だからぁー、なぁーんでみんなしてオレばっか責めるかねぇ?あと、オレを十柱騎士代理って呼ぶな」

「狂犬は否定しないか。事実だからな」


力もあり金髪のイケメンだが、プライドに言い寄っては一切相手にされていない十柱騎士のビットは問い詰めるようにレインに語りかける。


(モッテモテだなープライド……。いや、今はオレがモテモテか……)


後輩が部下にも先輩にもモテモテで、先輩として鼻が高いですよと泣きたくなった。


「プライドを殺害した動物の情報を全部資料にして俺に提出しろ。王に提出した情報より細かく!丁寧に!頼むよ」

「はぁぁ!?オレのこの仕事量見ろよ!?この書類が目に入らぬかぁぁぁ!」

「どうせ名前書くだけじゃないか。書類すら読まないで名前書いておけ、アホがっ!俺はそこで屍になっているゲスな動物に仇は討たせない。俺がプライドの仇を討つ」


ピクリとも動かないリーゼロッテの身体を指差して、そのまま第5騎士室を出ていく。

このまま生きてるか死んでるかわからない彼女を医務室に運び、部屋に飛び散った血を拭いて、ユキに対する資料作りとレインの余計な仕事がまたまた増えていく。

リーゼロッテがそのまま死んでいたら埋葬の仕事も追加される。


「残業確定じゃねぇかよ……」


リーゼロッテにこのまま死なれても後味は悪いが、また自分に突っかかってくるのも嫌だ。

あと、埋葬の仕事が面倒なのでとりあえず生きてだけいればいいやと思いながら彼女の動かない身体を抱き上げていた。

リーゼロッテの裂かれた腹からは血がドクドクと蜘蛛の糸のように広がりながら垂れていた……。

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