4、イレギュラーな邂逅

うわぁ、憧れのプライドだ!

うわぁ、憧れのプライドだ!

うわぁ、憧れのプライドだ!


本当に30歳だったのかわからなくなるくらいに語彙力のない表現だが、それしか頭には浮かばなかった。

悪役だし、なんなら敵対組織だし、むしろ怯えたりしなきゃいけないのだろうけど、自分を偽るようなことはプライドの前では見せたくない。

見た目からしてサディスト満載なつり目でじっと見た彼女は、俺の姿を見て楽しそうに嗤った。


「もしかしてボクぅー?アーク村から来ちゃったぁ?」

「うん。アーク村から来たよ」


舐められた態度だが、ファーストコンタクトが成功!

しかも、会話までこなした!

もう死んでも満足だ……。

死んで転生して、また死ぬのは客観的に見て嫌なことだらけだと気付き、気持ちを落ち着かせる。


「クスクスクス。エリィィィトなわたし、プライド・サーシャに見付かっちゃうなんてかわいそぉ!今回は偵察で来たけど、アーク村の住民に見られたら始末しろって命令なんだよねぇー」

「えっ!?」

「あらあら?ようやく自分のピンチに気付いちゃったぁー?驚いちゃったかぁ!」


そりゃあ、こんなに悪役の女幹部であるプライド節を生で聞けるのだから驚きだ。

プライドはエリートではなく、エリィィィトである。

そんなプライドの高さが素敵である。


「わたし、優しいから剣じゃなくて鞭で殺してあげる」


背中にある剣を取らず、懐から鞭を取り出す。

序盤にある戦闘の本気出してないバージョンの武器である特殊鞭を取り出すと地面に『パァァン』と響く音を鳴らす。


「サンダーウィップ。じわじわと電撃を身体に流し込んで焼き魚のように殺してあげるわ」

「…………」


かっけぇ……。

ゲームの容量か、技術不足か、ハードのスペックが低いからなのかはわからないが、プライドに対してはそんなに凝った演出がなかった人物なので、鞭を使ってぬるっと動いた彼女の姿を見て興奮する。


「驚き過ぎて声も出ないかぁボクゥ?お姉さん、優しいから遺言くらいは聞いてあげるわよ?お父さんやお母さんや友達とかに言い残したいこととかあるかな?なんでも1つだけ聞いてあげる。聞いてあげるだけだけどねー」

「じゃあ1つ……」

「うんうん。死ぬ間際の言葉くらいエリィィィトな騎士であるわたしが見届けてあげる!」

「すぅ……」


好きなことを言って良いようなので、深呼吸をしながら躊躇いなく大声を出した。

この気持ちが彼女に伝わるように──。


「プライドが好きです!大好きです!」

「…………え?ええ!?」

「プライド!俺と結婚してください!」

「ええええぇぇぇぇ!?」


『別にプライドが俺と付き合って欲しいなんて高望みはしていない』

『ただ、ただ彼女が幸せな生存エンドを迎えて欲しいのだけが俺の望みである』

なんてことを家で考えていたが、プライドの実物を見たら吹き飛んだ。

俺と付き合って欲しいし、なんなら結婚して欲しい!


「ば、ば、ば、バカじゃないのっ!バカじゃないのっ!バカじゃないのっ!わたっ、わたし16歳のエリィィィトなのよっ!」

「大丈夫です。俺、もう10歳なので」

「えっ!?年齢二桁行ってたんだ!?てっきりわたしの人生の半分である8歳くらいだと思ってた!」

「大丈夫です。俺も見た目8歳くらいだと思っているんで……」

「なんなの!?その客観的視点は!?」


でも16歳で女幹部の地位にいるなら、あながちエリィィィトなのは間違いないのだろう。

実際ゲームでもそこそこ強い。


「でもぉ!でも6歳差よ!?6歳違うのよ!?」

「6歳なんか誤差です。俺の知り合いに23歳差で結婚したカップルいましたもん」

「23歳差!?カルチャーショック!エリィィィトにはない価値観!」


前世で務めていた会社のおっちゃんが自慢気に紹介してたなー。

ただ、うん。

お相手の顔は、俺の好みではなかったが……。

なんでも、相撲経験者同士で意気投合したようであった。

お互いに太い夫婦であったが、幸せそうだし、俺も素直に祝福したものである。


「そんなわけだからプライド!俺と結婚してくれっ!俺が絶対にプライドを幸せにするからぁぁ!」

「ど、どんなわけだーっ!わたしがお前みたいなマセガキなど好きになるかぁぁぁぁ!」

「酷い……。ショック……」

「う……。かわいい……」


主人公と敵対組織の女幹部。

交ざり合うことのない平行線のような関係ではあるが、こうも告白から数秒でフラれるのは地味に辛いものがある。

こんなにフラれることが辛い感情だったなんて……。


「うっ……うっ……」


失恋がこんなに痛いなんて……。

30歳の童貞はメンタル弱々おじさん……。

涙が溢れるほどに悲しい。


「くっ……。興が削がれたではないか……。まさか人を振るのがこんなにも嫌な気持ちになるとは……。エリィィィトなわたしも知らなんだ……」

「でも、絶対諦めないもん!」

「うおっ!?」

「いつか、絶対振り向かせるもん!」

「そ、そうか……。じゃあ、頑張ってくれ」


今日の失恋はブラックコーヒーより苦い味である。

自由分岐型RPG『ハートソウル』でも、ただの敵役のまま終わるプライドの恋愛攻略ルートが未実装というクソ仕様のバグは本当に酷い。

ユーザーに未完成商品を買わせるなよ、クソゲーム会社!


「……今回だけは見逃してやる!今回だけだよぉ、坊や。次会ったら敵同士だからね」

「多分今も敵同士だと思います」

「知ってるわよ!」


美しい髪を左手でかき上げながら「ふぅ……」と疲れたように可愛らしいため息を上げた。

エリィィィトな姿勢にも目が行ってしまう。

太い太もももまた破壊力が強すぎる。


「ボクの名前だけは聞いておいてあげる。名乗りなさい」

「俺の名前はユキ・エメラルド。好みの女性はエリィィィトなプライドです!」

「ッッッ!軽々しくエリィィィトなわたしを好みとか言うな!敵なのに憎めないでしょ!まず、名前しか聞いてないでしょ!」

「好きな女性には好きなだけ肉まんを食べさせてあげたい」

「うわぁ、素敵!……じゃない!わたしを誘惑するなっ!」


因みに、プライド・サーシャの大好物が肉まんである。

数少ないプライド情報は全部網羅している。


「ユキ・エメラルド、ね。……その名前覚えたわ。ま、もう会うことはないだろうけどね」

「次会えたら運命だな」

「う、うんめい……。ば、バカじゃないの!今日、わたしが見逃したことを一生後悔するんだからねっ!ふんっ!」


大丈夫だよ。

またプライドと会うことがあるだろう。

まだ先だったとしても、会える確信はある。

ゲームの進行が順調に進めば、当然邂逅するのだから。

むしろ、今日がイレギュラーだったのである。


そのまま彼女は背中を向けて、アークの森へと消えていく。

敵対組織の元へと戻るのだろうか。

完全に彼女の姿が見えなくなると、興奮が収まり、へなへなと力が抜けていく。


「…………可愛い!美しい!気高い!エリィィィト!好き!大好き!めっちゃ好き!」


ますますプライドに対する愛情は無限に膨らんでいくのであった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る