17、認識妨害魔法

プライドの呪いを祓ったことにより、とりあえずは彼女の死亡フラグは折れたのではないだろうか。

むしろ折れてくれなきゃ困る。

彼女、本当によく死ぬのだ。

ユキに普通に殺されたり、王から粛清されたり、モブから殺害されたり、泣き喚きながらモンスターに捕食されたり……。

色々なルートでバラエティ豊かに死ぬのに、一切矛盾がなかったりするのもまたなんというか……。

製作陣に嫌われていたか、オモチャにされていたかの2択だと思われる。


「まさか……、ユキにファーストキスを捧げてしまうとは……。エリィィィトなのに!エリィィィトなのにっ!」


1人色々と熱が冷めたプライドは、悶絶しながら騒いでいた。

俺も悶絶したいくらいなのだが、年上のそんな姿を見ていたら逆に冷静になってしまうものである。


「…………」


ただ、プライドと触れた唇に実感がなく、俺も口元を触っては余韻に浸っていた。

嘆くプライド、ショートする俺。

そんな状態が10分も続いていたのだった。


「ユキ……。そろそろ行動に移すわ」

「…………」

「いつまで固まっているのよ!?立って!立って、立って!?立ちなさい!」

「うっ……!?立って連呼し過ぎ……」


む、息子が元気になってきた。

ズボンの皺を伸ばす振りをしながらバレないようにしていた。


「ようやく動いた。ほら、鞭でしばきながら強制的に動かしてもこっちは良いんだからね」


プライドの鞭とは、初対面の時に持っていた相手をなぶり殺しする用の武器だろう。

電気や炎を出したりと属性攻撃を付加出来たりするので、案外本気モードである剣装備の『ディアナ』バージョンより鞭装備の方が苦戦した意見もあったりする。

剣の場合は脳筋、鞭だとテクニカルになるのでそりゃあそうなるよねという話。


「待って。行くから、ちょっと待って」


プライドに急かされながらズボンを弄るが、よくよく考えたら今現在は夜である。

さっきまでは夜目も効いていたが、もうそれも収まっていることもあり、近寄らないと早々気付かれないことに気付く。

歩いて興奮を治めていこうと決めて、俺も立ち上がった。


「とりあえずアーク村に行こうか。わたしも少しは休みたいものだ」

「そ、そうですね……」


『俺の家に来ますか?』と誘いたいものだが、そんなことをしたら朝に両親とお姉ちゃんから驚かれる。

荒波が起きてしまうこと間違いなし。

特にお姉ちゃんはギ●ラドス並みに暴れそうな気がする。

家が壊れるような被害はごめんである。

しかし、これからプライドをどうするかをまだ決めかねていた。


「なぁ、ユキ」

「は、はい!」

「アーク村に宿屋があったよな。場所はどこだ?」

「こ、こっちにあります……」


俺より遥かに先を考えていたプライド。

これがエリートを超えたエリィィィトのプライドの頭脳なのか!?


衛兵などが夜になると寝静まるガバガバセキュリティであるホワイトな職場環境を羨ましく思いながらアーク村に踏み入れると、宿屋の方向へ案内する。

キスをしていたことにより、ちょっとだけギクシャクしながら黙っていると

宿屋の前に来てしまった。


「じゃあ、俺はこれで……」

「待てユキ。部屋までお供をしてくれないか?」

「え?」

「だ、ダメか……?」


帰ろうとすると、呼び止められる。

お、お持ち帰りとはこういうことなのか……?

会社の先輩の『お持ち帰りトーク』を都市伝説かなんかのウソっぱちにしか認識していなかったが、実際にこうやって引き止められると、ドクンと鼓動が高く鳴る。

心は正直である。


「で、でも……。この宿屋、俺のクラスメートの実家が経営していてさ……。こんな夜に宿屋に来たら、すぐに情報がシェアされて家族にバレちゃう……。俺、親に黙って家を抜け出しちゃったから……」


因みに、そのクラスメートとは俺の前世を思い出す原因となったカスミである。

ここは、カスミの両親が経営しているのだ(カスミが住んでいるのはまた別の家)。


「まったく……。わたしを殺しておいて変なところは弱腰なんだから……。子供か!…………子供だったな」

「セルフ突っ込みしてる……」


『ハートソウル』では、終始悪役に徹していてコミカルな面が皆無だったプライドと比べると、それは本当に可愛いものである。


「よし、ならわたしがエリィィィトにお前に魔法をかけてやる」

「え?」

「認識妨害魔法だ。潜入捜査任務なんかではこの能力が評価されたんだからな」

「へぇ。認識妨害魔法!」


まさか、アーク村での任務がそんな彼女の特性があったからとは知らなんだ。

知らない魔法の知識にわくわくしてきた。


「この魔法を使うと親しい者以外には他人に見える能力がある。それでいて怪しいという不審者な目では見られにくい。それがエリィィィト魔法なの!きゃははははははは!」

「す、すげぇ!」


高笑いの仕方が完全に悪役の仕方である。

悪役がナチュラルに刷り込まれた女である。


「特別にユキにもその魔法を使ってあげるわ!エリィィィトに特別よ」

「あ、ありがとう」

「じゃあ近付いてきて」


立ち止まったプライドへ3歩近寄る。

すると、知らない魔法を読み上げる。


「『ジャミング』──。んっ」

「んんっ!?……ふらいと……?」

「ふふっ」


突然腰を低くしたプライドの唇が俺の唇を塞いでくる。

またキスされたと認識されると、目を大きく開いてしまう。

キスが終わると、プライドは満足そうにしていた。


「強いプライドの魔力が一気に身体にまわってきたよ……」


凄いゾクゾクする。

身体も火照ってきたなんてレベルじゃないくらいにプライドの魔力が体内で渦巻く。


「な、なんで……?」


他人に魔法を使用する際に口付けをする必要なんか皆無である。

不意打ちキスが色々な意味で衝撃過ぎた……。


「呪いを解く際にお前の魔力がわたしに強くまわったからな。お前にも、その感覚を味わってもらおうという意地悪だ」

「こ、このサディスト!」

「ユキはいかにもマゾっぽい顔だからな。需要と供給が釣り合っているじゃないか」


顔を掌で隠しながら恥ずかしさが天元突破していた。

そもそもプライドにマゾヒストと思われていたことが、なんともやるせない気持ちにさせた。


「ほら、行くぞユキ。ジャミングだって1時間程度しか効果ないんだから」

「は、はーい」


プライドがそう言うと、宿屋の扉が開き放たれる。


「いらっしゃい」と、宿屋で夜勤をしているカスミと年の離れた兄ちゃんが出迎える。

俺のお姉ちゃんであるサキより1個上であり、既に成人して実家で働いている人である。


「2人で宿泊ですか?」

「2人で宿泊だ」

「しません!しません!彼女1人だけで宿泊します!」

「ははは!からかっただけだ」


そのからかいは心臓に悪い……。

認識妨害魔法が働いているからか、本当にカスミの兄ちゃんは俺がユキだと気付いていないようだ。


「1人で……。そちらの弟さんは?」

「お、おとうと……」

「ぷっ……。いや、すまない。付き添いってやつだ。彼は宿屋まで案内してくれたこの村の住民だ。だからすぐ帰る予定だ」

「はぁ……。こんな女の子みたいな顔付きでゴブリンに襲われてしまい挙げ句に犯されていそうなショタ顔の子、ウチの村にいたかな?まぁ、いいや。なら1人で500ゴールドいただきます」


認識妨害を効率に喜ぶべきか、カスミの兄ちゃんからの知り合いというファクターを取った俺の姿に失望するべきか悩むところである。

それから宿帳の記入をしたりするプライド。


「こんな夜遅くにアーク村に着いたなんて大変でしたね……」

「アークの森で迷子になってな。気付いたら遅くなっていたよ」


プライドはあらかじめ考えていたように嘘の言い訳を並べていた。


「良かったっすね。最近、アークの森のガルガルやロック鳥なんかが人間にビビるようになっちまってさ。襲われていたら大惨事でしたよ」

「モンスターが人間にビビっているのか……?」

「よほど人間に痛い目に遇ったのかもねぇ……。おっと、失礼失礼。これ部屋の鍵です。ごゆっくりー」


カスミの兄ちゃんがプライドに部屋の鍵を渡す。

その部屋へ案内するように俺が彼女の前を歩く。


「おい、ガルガルやロック鳥にびびらせている人間ってお前だろ?やり過ぎだ、お前……」

「いやぁ……。効率良いレベリングが出来て……」


確かに最近は俺とカスミがアークの森に踏み込んだだけでロック鳥すら慌てて飛んで逃げてしまう現象がある。

カスミが石を投擲するだけで、ロック鳥は飛べないほどにダメージを受けて刈るような事態である。

まさか、俺ら以外の人間すら恐れてしまうことになっているのははじめて聞いた。


「お前、ナチュラルエリィィィトだな……」


こめかみに手を添えたプライドがぼそっと俺にそんな異名を付けたのであった。

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