9、カスミと冒険者ごっこ

お姉ちゃんに髪を短めに切ってもらった次の日。

学校がお昼程度で終わり、久し振りに木刀を持って、アーク村から出るチャンスを伺う。

相変わらずこの村の住民は子供が村を出ることに敏感なのだ。

村1つ出るだけで苦労させられるよ……。


「大丈夫か……?」


お父さんと同業者である守衛や警備隊に見付からないのかハラハラドキドキである。

ここ筋肉痛で死にかけた数日間、散歩がてら前回アーク村を抜け出した時と同じスポットが抜け穴だという検証結果を導きだし、そこまでコソコソと移動していた。


──残り100メートルで村を出れる。

警備隊らとのかくれんぼで己の勝利を確信した時だった。


『ユキッッッ!』

「ッッッ!?」


自分の名前を呼ばれてしまい、口元を抑えた。

や、ヤバイ……。

見付かってしまった。

何か警備隊のおっさんが釘付けになるムフフな雑誌でも今度からマキビシ代わりにばら蒔かなければいけないのかと失敗談から対策を考えなければいけないようだ。

今日は見付かったが、明日は村を出てやるとリベンジに燃えながら警備隊の人に謝罪する。


「す、すいません」

「もう!何やってるのユキ?コソコソしてて怪しかったよ!」

「か、カスミ?」

「なんか……、今のユキはゴキブリみたいだった……」

「もうちょっとマシな例えはないの?」


警備隊のおっさんかと思ったら、やたら特徴的なピンク髪のポニーテール少女であった。

この女、現在の俺より身長が3センチ高い。

しかし、本編が始まる頃にはユキより10センチ高いという何故か身長差が広がってしまう幼馴染である。

同い年のカスミにすら、おねショタに見えてしまう屈辱は非常に複雑である。


「最近のユキ、ぜんぜん遊んでくれない!私、退屈!」

「わ、悪い……」

「そんなにこないだのキャッチボールで頭にボール当てたの怒ってる……?ご、ごめんね……?」

「いや、全然怒ってないよ」


プリプリと怒ったかと思えば、いきなりしおらしくしょぼーんと謝罪するカスミ。

表情がコロコロ変わる女の子は可愛いなぁ!

前世で一緒に働いていた会社の女同僚なんか、課長や部長には愛想良くヘラヘラと取り入るクセに、俺ら平社員には舐め腐ったような無表情で可愛げも何もあったものではなかった。

女は愛嬌とは、年取ってからしみじみ感じるものだ。


因みに、ボールを当てられたことに関しては本当に怒ってない。

むしろ南晃太時代の記憶を引き出させて、プライドへの推しへの気持ちを取り戻させたカスミには感謝しかない。


「本当に?」

「ほんと、ほんと」

「なら仲直りした記念で遊ぼう!今日は危なくない遊びということで柔道大会しよっ!」

「柔道大会!?」

「お互いに取っ組み合って地面に投げ捨て、叩き付けた方が勝ちなんだって!こないだ、ユキのおじさんから聞かされてやってみたかったの!」

「いや、マットじゃなくて地面に叩き付けられる柔道なんか危険の極みだからな!?」


俺のお父さん、カスミに何言ったんだよ……。

あと、力勝負でカスミに勝てるわけない。

レベル1の初期ステータスでユキの近接戦闘力が10に対して、カスミの近接戦闘力35あるんだからな!?

レベル5の俺ですらまだ16しか近接戦闘力無いんだからな!?


「やーろ!ユキ、やろっ!やりたい!やりたい!やりたい!」

「女の子が『やりたい』を連呼するな」

「え?なんで?」

「いかがわしいだろ」

「ん?イカが鷲にはならないよ……?」

「なんでもない……」


まだカスミは無垢なんだ。

そんなことでイチイチ腹を立ててはいられない。

「ふぅ……」と深呼吸をして、心を落ち着かせる。

白髪の髪をかき上げながら、カスミを警備隊の人と間違えた緊張を和らげる。


「あ…………!」


そうだ。

どうせカスミと遊ぶなら、彼女にもレベリングをしてもらおうか。

『ハートソウル』の主人公パーティーの火力担当のピンクの悪魔。

口元に手を当てながら、「あそぼ!あそぼ!」と声をかけている彼女を注視する。


「よし!カスミ、遊ぼうか!」

「遊ぶ!あそぶーっ!」

「ただ、柔道大会はなし」

「えー!?柔道大会ないのーっ!?」


そもそも大会って俺とカスミ以外の参加者がいるのだろうか……?

クラスメートでも巻き込むつもりか?


「それよりもっと面白いぞ!なんたって冒険だ!」

「冒険!冒険イイね!冒険者ごっこー!」

「そう、それ!冒険者ごっこをしよう!」


カスミの機嫌を取りに行く。

とりあえず彼女は、女の子っぽいおままごとやおはじきなんかよりも、男らしいキャッチボールや鬼ごっことかの方が食い付きやすい。

前世を思い出す前は、よくカスミに振り回されて泣きじゃくる情けない自分の姿があったものだ……。


「でも、何するのぉ?」

「冒険者ごっこ。すなわち、村から出る」

「えー?危ないよー?警備隊のおじさんたちから怒られちゃう」

「でも、村の外は楽しさで溢れているぞ!」

「行く!」


チョッッッッロッッ!

いつか詐欺師に騙されないか、心配である。


「よし、じゃあ黙って村の外に出るぞ」

「うん!」

「俺とカスミだけの秘密だ」

「うん!私とユキだけの秘密だね!」

「お姉ちゃんにも内緒だぞ?」

「だいじょーぶ!サキさんにも言わないよ!」

「よし!」


カスミの右手をぎゅっと握った。


「あわわわっ!?ゆき……?ユキッ!?」

「しーっ!行くよ、ついてきて」


左手の人差し指を唇に持ってきてジェスチャーをすると、カスミも素直に頷いた。

そのまま、こないだプライドと出会ったアークの森へ10分程度の全力疾走で向かう。


「あはははは!楽しいねっ!あはははは!」

「そうだな」

「警備隊のおじさんたち抜きで村の外出たのはじめてぇ!」


やがて、アークの森入り口にたどり着いた。


「…………いないか」


こないだの出会いが奇跡だったんだ。

アークの森入り口付近で、目立つ黒髪の女性の姿がないのかキョロキョロ見渡してしまう。

ただ、残念ながらあの気高い人はこの場に影も形もない。


「わぁ!スゴイ!本当に冒険者になったみたい!」

「……だな」


『ハートソウル』の本編がはじまると、否が応でも俺たちは冒険者にならざるを得ない。

金もなく、家もなく、家族もいなくなる。

村の中で俺とカスミ以外全員が虐殺される。

そんな時は、こんな呑気なことを言ってられないかもしれない。

だから、今の内に慣れておくことな方が絶対タメになる。


「このアークの森に行くとモンスターが現れる」

「も、モンスター……?」

「…………」


モンスターと聞いてちょっと怖じ気づくカスミ。

不安な顔になり、俺の顔を覗き込む。

ヤンチャなカスミでも、やはり化け物のように語られるモンスターには抵抗があるようだ。

虫や動物とは違うからな……。

俺だって、『ハートソウル』のことを知らない時は怖くて怖くて村の外に出たいとすら思わなかった。


「大丈夫、怯えるなカスミ。俺が絶対にお前を見捨てない。だから一緒にモンスターと戦ってみよう」

「ゆ、ユキ……」

「大丈夫だよ。俺、ちょっとだけ魔法が使えるんだ。回復なんかも使えるんだぜ」

「えー?泣き虫のユキがぁ?」

「そう。泣き虫の俺が、だ。安心しろ、絶対にカスミは死なない」

「……わ、わかった!行こう、ユキっ!」

「あぁ」


カスミが決意したように口を開く。

震えているのか、手がびくびくしている。

大丈夫。

それを強く手を握って応えてみせる。


「あ……、ユキ」

「うん。絶対俺がお前を引っ張って行く」

「な、泣き虫のクセに生意気……」

「はははっ。泣き虫な俺でも笑ってんだよ。一緒に冒険者ごっこ楽しもうぜ」


カスミがぎゅっと手を握り返してくる。

少しだけ、震えが収まった。


「帰りも……、手を繋いで帰ろうね……?」

「あぁ。そうだな」


カスミのささいなお願いに肯定をして、アークの森に踏み出した。

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