25、奇跡と絶望

カスミの家から門前払いを受けて、数分歩くとアーク村の出入口にたどり着く。


「パレライフさんの言う通りだな。確かにこういうのは大人の仕事だ……」


お父さんは深く傷付いたように呟いた。

大人としても、子供の親としても、元冒険者としてもすべてが突き刺さってしまったようだ。


「だが、レベル20代の俺ではプライドさんどころか、もうユキにすら手に届かない強さだろう……。これでも昔はイキれるくらい強かったのに。若い者は才能があるな……」

「多分、俺らがおかしいんだよ」

「エリィィィトなんです、わたし」

「その若さで元騎士なら本当にエリートですよプライドさん」


村の衛兵たちに、これから2人で旅することと、エメラルド家の家督を譲られたことを教えると「若いのにスゲェなユキの坊主!」とめちゃくちゃ褒められてしまった。


「ユキ。絶対に殺されない選択肢を選び続けるんだぞ」

「お父さん……」

「殺されなければまだ進める。でも、殺されたらそれで終わりだ。俺みたいに満身創痍で冒険者を引退出来る奴は誇りより生を選べる奴だからな。死ぬなよ」

「あぁ」


あんまり会話をしたことがない父親だったけど、こうやって絡むと別れるのが名残惜しい。

でも、本来であれば今日の深夜には殺されていたんだ。

死別になるくらいなら、こうやって別れる方がずっとずっと良いことだよな……。

手を振りながらお父さんから、アーク村から離れて行く。

きちんと生きて戻れるように。


お母さん、お姉ちゃん、カスミ。

また戻るから……。


心で感傷に浸りながら、歩みを進めた。


「ユキ……。お前をインフェルノの陰謀に巻き込んで申し訳ない……」

「プライド……」

「お前、たくさん愛されていたんだな……。そりゃあ、もう妬けるくらいだ」

「プライド……」


妬いてくれたの?

なんだよ、それ。

嬉しいに決まっている。


「だが、まさかお前と2人っきりでの冒険なんてな。最初に告白した時はなんだこいつだったが……。まったく……、どこで選択肢を間違えたんだか……」

「違うよ。俺が正解の選択肢を選び続けた結果だよ」

「バカ!」


前世からの推しと2人っきり。

成り行きとはいえ、こんな冒険になってしまうとは……。

俺の人生がもし、誰かがゲームをプレイした結果であるならそのプレイヤーは意味不明なバグルートに入ったと驚愕しているのだろうか。


「あ……」

「わ、わるい。プライド。さ、寒くてさ……」

「く、クク……。寒いな。意外ともう夕方なんだな……」


ちょっと強引に手を握ったら、握り返してくれた。


──死亡フラグに愛された敵組織の女幹部であり、家族の仇としてプレイヤーたちから憎まれたプライドと手を握って冒険が始まる。

1個くらいは、誰かのゲームのプレイデータでこんな奇跡があっても良いんじゃないだろうか。







─────







「ユキは私を置いてなんかいかない……。ユキは私を置いてなんかいかない……」


キレイな桃のようなピンク色の髪色をした少女は、部屋の片隅でうわ言のように呟いていた。

いつも隣にいて、たくさん遊び、たくさん冒険者ごっこをしてきた。

ユキは確かに強い。

でも、まだまだ自分が護ってあげなくては頼りないのだ。


ちょっと油断すると、仕損じたモンスターに襲われそうになる。

力がないので、倒せたと思ったモンスターが倒せていなかった。

奇襲されることに弱く、突然の攻撃に隙を晒して棒立ちしている。

回復をする瞬間、出がやや遅くて隙が大きい。

ジャンプ力が低く、上の攻撃に強くなく空振りしやすい。


ユキの戦闘の癖は誰より熟知している。

彼と冒険者ごっこをはじめて、彼が本物の冒険者になったのに隣に自分が歩けない。

──なんだこれは?


知らない黒髪の大人の女がユキの隣を歩いていた。

──誰だ、あれは?


こないだまで自分がいた場所が、認知しない大人に取られていた。

それだけでも悔しいのに、見捨てられるように背中を向けられた。


親友なのに……。

相棒なのに……。


「ユキは私を置いてなんかいかない……。ユキは私を置いてなんかいかない……」


昨日まで、いきなりユキが自分の目の前から消えるなんてこと、カスミは考えたことすらなかった。

いつものようにキャッチボールをしたり、鬼ごっこをしたり、たまに冒険者ごっこをしたり。

そんなマンネリのような当たり前の日々が、これからもずっとずっと続くはずだった。


『カスミ!いい加減にしなさい!ずっと部屋に閉じ籠って!このまま部屋から出なかったら夕飯抜きですからねっ!』

『こら、落ち着けって!友達が旅に出掛けて寂しがっているのに叱るなんてするなよ!』

『そうだよ、カスミ!母さんなんか気にしないで部屋から出ろよ!』

『気にしないでってなによ!?みんなして私を悪者扱いして!』


母、父、兄と家族の声がするも、カスミの耳には入るものの中身が入らないまま流れてしまう。

ただの雑音だった。


「インフェルノの騎士が攻めてくる?だったら攻めてきてくれれば良いのに……。私とユキ以外全員殺してしまって構わないのに……。だって私、強いもん……!騎士なんかに負けるわけない!」


今のカスミにはユキだけがいないアーク村よりも、ユキしかいないアーク村の方が何倍何倍も魅力的に映った。


「ユキは私を置いていかない……。ユキは私を置いていかない……」


しかし、次の日からパタリとユキの姿は村では確認されなくなる。

学校に行っても、エメラルド家に行っても、求める姿はなく……。

ただ、家に引きこもることしか出来なくなった。


「ユキ……?どこ……?相棒の私を置いて行かないで……」


カスミは、ユキに置いて行かれたという絶望だけが残ったのであった。

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