2、ユキの家族
あれから、自分の記憶をアレコレと思い出していた。
前世では30歳になった普通の社会人である南晃太であった記憶は詳細に思い浮かんできた。
自分が覚えている最後の瞬間を頭で思い浮かべてみると、どうやら会社帰りに横断歩道を歩いていたところへ信号無視してきたトラックに轢かれた記憶が蘇ってきた。
60キロぐらいの猛スピードで走ってきたのを思い出すと、居眠り運転かスマホ運転の二択が思い浮かびイライラしてきた。
「はぁ……」
ここからが頭が痛いところだが、何故か魂だけになっていたところへロリの神様みたいな奴が俺のところへ現れて、とんでもないことを言い出した。
『ふひゃ!30歳まで童貞を守りきったお前に1つだけ願いを叶えてやろう!』
そんな馬鹿みたいな甘言に対して、俺は「『ハートソウル』の女幹部であるプライド・サーシャの生存ルートが欲しい!」と即答したようである。
ドン引きした神様からゴミを見るような目になりながら、『キモッ』と罵られたことが頭に残っている。
『ふひゃ!やっぱり童貞は凄い!』だの『負の魔力高過ぎ』だのと馬鹿にされていた記憶がうっすら頭に浮かんできた。
『ふひゃひゃひゃっ!ならば、自分の命を掛けてその死亡フラグをへし折ってみろ!』
そんなお告げが頭の片隅に残っていた。
まさかそれが物理最強幼馴染のボールが頭に直撃で思い出すとは……。
カスミが居なかったらどうやって記憶を呼び覚ますことになっていたのかと不安要素が多い。
「30歳まで童貞を守り抜いたら魔法使いになれるとは聞いていたが、神様が現れるなんて俺知らないぞ……」
自室のベッドで羞恥心と戦いながら、深く悩んでいた。
確かに俺は、プライド・サーシャが大好きだけど、これから彼女がやらかす所業を思い浮かべると頭が痛くなる。
どうしたものか……。
敵対組織の女幹部である彼女と、RPGの主人公パーティーの勇者な俺とでは絶対に仲良くなんてなれるわけがない。
俺の転生先に『ユキ・エメラルド』の立場を選んだロリ神様は、最高に性格が悪い邪神だと言わざるを得ないだろう。
『ユキぃぃぃ!夕飯よぉー!早くいらっしゃーい!』
「は、はーい!」
答えが何も見付からないまま悩んでいると、ユキの姉の声がして返事をする。
このユキの姉の声優さん、俺が高校生当時はまだ新人だったのに、社会人になってからは超売れっ子になったものだなぁと懐かしい気持ちになる。
呼ばれるがままに、階段を歩いて行くと居間のある部屋のドアを開けた。
「あら、来たわねユキ」
「う、うん……」
自分の父親、母親、姉が既に席に着いている。
お父さん、お母さんと呼んでいたが、果たしてユキは姉のことをなんて呼んでいただろうか?
父親と俺と同じく、姉であるサキ・エメラルドも白髪である。
それでいて、母親と俺と同じで、サキもまた碧色の瞳をしている。
年齢が確か俺の6歳上だから16歳。
前世でのJKの年齢だが、既に発育が良いのかそこそこ大きい胸の持ち主であり、目のやり場に困る。
確か……、ゲーム本編ではサキを『お姉ちゃん』と呼んでいたか……。
「…………」
精神年齢30歳、1人っ子の俺が『お姉ちゃん』なんて恥ずかしい呼び方出来るわけねぇ……。
サキのことは、無視することにしよう……。
「ほーら、ユキ!いつも通り、お姉ちゃんの隣に座りなさい」
「う、うん。わ、わかった……」
「わぁ!ユキったらやっぱり可愛いわぁ!」
ゲーム本編のサキの言動とか、さっぱり覚えていないのだが、この言動でブラコンだったのを思い出した。
いつもショタ顔なユキを可愛い、可愛いと褒めちぎっていた人であった。
なんとなくだが、ゲームのサキのことを思い出してきた。
「今日は、お姉ちゃん特性のシチューだよぉ!」
「ふふふっ。サキったら、相変わらずユキが大好きねぇ」
「姉弟が仲良し。良い家庭を築けたなぁ」
「ふふふっ!お姉ちゃんはユキと結婚するんだもんねー!」
「…………は、はは」
母親と父親が微笑ましそうに姉の発言にニコニコ笑っている。
いや、ヤバいでしょこの姉……。
冗談だとはわかっていても、笑って流せるような発言ではない。
全員でいただきますと手を合わせると、俺の器に入ったシチューとスプーンが真っ先にサキに取られた。
「はい、アーン!」
「え……?」
「いつも、お姉ちゃんが食べさせてあげてるでしょ。ほーら、口開けて?」
「…………」
この16歳怖い……。
南晃太としての記憶ではなく、ユキ・エメラルドとしての記憶を思い返す。
昨日の夕飯はお粥であり、これも最初の一口は姉から食べさせてもらっていた。
一昨日の記憶では焼き鯖、これもアーンをして食べている。
…………おい、元のユキ。
お前、どんな育てられ方をしていたんだ……?
「む?ユキ、反抗期?またクラスの子から馬鹿にされた?お姉ちゃん、そのクラスの子に報復してあげようかしら?」
「いや!大丈夫!なんでもない!なんでもないよ!?アーン!」
「アーン。……ふふっ、ユキはやっぱり可愛い」
ドキドキしながらシチューのじゃがいもをパクパクとかじる。
全然シチューの味とか、熱さとかが感じないくらい恥ずかしさで死にたくなってくる。
しかも、両親がそれを止めもしないことが異常である。
「じゃあ、お返しちょうだいね。ユキ、ほーら」
「う、うん……」
お返しの意味も察していた。
毎日のユキとしての記憶にも、サキに対してアーンをしているものが何個もあった。
しかも、それを異常とも思っていない。
そういえばこの主人公はシスコン属性だっけなぁ……。
「あ、アーン……」
「む?ダメよ、ユキ!ちゃんと『お姉ちゃん』って呼びながら食べさせる約束でしょ!やっぱり何かあったでしょ!?」
「お、お、お……。お姉ちゃん!アーン!」
「うーん、美味しい!」
いっそもう1回殺して欲しかった……。
この家にトラックが突っ込んで、また俺だけ殺して欲しかった。
ヤケクソな食べさせあいっこが終わり、それからは無難にユキの振りをしながらシチューを平らげたのであった。
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