23、『エメラルドの証』
「そもそも『エメラルドの証』ってなんなの?ウチの家宝的なものなのは伝わったけど……」
黙って大人の話を聞いてきたサキが純粋な疑問を口にする。
うんうんと、同じく蚊帳の外に放り出されたカスミが頷いて同調している。
「実はマキにも黙っていたことなんだが……、エメラルド家の遠いご先祖様は勇者であったらしい」
「なんで勇者の子孫である私たちがこんな寂れた村で暮らさなきゃいけないのよ?王都とか華やかな場所に住みたいし、それが本当なら今頃私たち貴族よ。はい、論破」
「寂れた村で暮らしているのは、俺が田舎でのスローライフに憧れたからだ」
「おーい!お父さんの趣味に子供たちまで巻き込まないで!?あーん、美味しいステーキとか食べてみたかった!」
サキは昔から王都のようないわゆる上京に憧れる現代っ子であった。
アーク村は本当に娯楽がないので、そういう感想もよくわかる。
「あと確かにエメラルド家は貴族だが、我が家のご先祖様は『貴族の娘よりも、愛を取る』と言って庶民の娘と駆け落ち結婚したのだ。その際に本家から特に金にはならないが価値はある『エメラルドの証』だけが贈られて、手切れ金代わりに受け取った。それが現代の分家である私たちエメラルド家の成り立ちと言われている」
「…………なんかウチのエメラルド家は出涸らしみたいね」
「ガッカリだねー……」
「出涸らしとかガッカリとか言うなよ!ご先祖様の選択により私もサキもユキも生まれたのだ!」
お母さんとサキもロマンもなにもないエメラルド家の成り立ちに大変ガッカリしていた。
設定資料集にすら掲載されていないニッチな設定が出てきて、俺もわりかし驚いていた。
「金にはならないが価値はあるって微妙ね『エメラルドの証』……」
「本家に言い様に使われちまってるな……」
「ついにユキまで文句を……。君ら……、自分の家に厳しくない?」
茶々を入れずに黙って聞いていたが、つい口を挟んでしまっていた。
「王は『エメラルドの証』をはじめとした証がすべてあれば世界が平和になると。そう口にしていました。だから、世界を救うためには、多少の犠牲は仕方ないと……」
「そ、そんなわけないだろ!?『証がすべて揃った時、強き災いが世界を襲う』。そんな伝承があるのに今の王は証をすべて揃えるだと……?」
「え?」
「そんなことをしたら、犠牲を出した末に犠牲を生み出すだけじゃないか……」
ロールプレイングゲームのお約束展開である。
『エメラルドの証』のほかにも世界には他の証も存在する。
インフェルノとはその証を巡って、ユキパーティーたちと敵対していくことになるのだ。
「お、王は世界平和なんかする気はない……のか……?」
プライドも始めて知ったのか。
インフェルノが、──プライドが指揮を取ったアーク村殲滅作戦そのものが間違いだらけという事実に震え出した。
だから落ち着かせるように、まだ握っていた手に力を込める。
「す、すまないユキ……。取り乱した……」
前髪を弄りながら、俺に軽く謝りながらプライドは深く息を吐いていた。
「それで。そんな『エメラルドの証』をあなたへ渡せとは?どんな意味があるのかなプライドさん?」
「この村に『エメラルドの証』があるとわかっている以上、インフェルノの騎士は100回作戦を失敗してでもアーク村に攻撃を続けるでしょう。しかし、この村から『エメラルドの証』が無くなればアーク村を攻める動機が彼らから無くなるのです」
「なるほど。つまり『エメラルドの証』をプライドさんに渡して、あなたが村から離れることにより村を救うと。そういうことなのかな?」
「察しが早くて助かります」
アーク村のデコイ役になる。
プライドの発言には、俺も度肝を抜かされていた。
──それっお前……、また新しい死亡フラグ踏んでるだけじゃねぇか!
確かに彼女はエリィィィトとはいえ、プライドより強さ騎士はまだまだたくさんいるだろう。
自分から捨て石になる覚悟に、もうやめてくれと制止しそうになる。
「ちょっと待ってくれプライド!?そんな、君が囮になるみたいなことは止めてくれよ……。それに、『エメラルドの証』をプライドが持って逃げても、インフェルノはその事実を知らない。『エメラルドの証』がアーク村にあると思い込んでしまい結局、襲われてしまうことに変わりはないんじゃないか?」
「それは大丈夫なはずだ。証がどこにあるのかは証から放たれる気配で探っているみたいなんだ。証がアーク村から消えた気配さえ察知すれば、王は村を攻撃する動機は失うからだ」
証専用のレーダーみたいなものがあるのだろうか。
確かにそれならば、村が襲われる理由はなくなる。
「でもさ、プライドさん。『よくも証を移動したなっ!』って報復で村が襲われませんかね?」
「報復で村を攻める余裕があるほど騎士だって暇ではないさ。証を集めて世界を平和にする正義があるから村を攻撃出来るのであって、その正義のための大義名分が無ければ騎士だって罪のない村人を斬ることなど不可能だ」
彼女の説明に穴がないかと探すも特にない。
ただ、『エメラルドの証』をプライドに渡してアーク村からサヨナラさせるなんて危険なことはさせたくない。
多分、そんなことをすればプライドとはもう一生会えない気がする。
彼女からのプレゼントのユキのぬいぐるみを視界に入れながら、納得出来ないでいた。
「アーク村を救うためか……」と、お父さんは呟くと悩ませるように頭をぐしゃぐしゃっと掻いた。
30秒ほど考え込むと「わかった」と決断を下す。
「エメラルド家当主。ロス・エメラルドの判断だ。アーク村のため、『エメラルドの証』を手離そう」
「あなた!」
その判断にお母さんが驚愕した声を出すが、父が手で制する。
まだ続きがあるとポーズで示す。
「……が、私はプライドさんをそこまで信用も信頼もしていない。元とはいえインフェルノに籍を置いていたのだ。あなたに証は任せられない。わかってくれるね」
「っ!?……それは!?しかしっ!?」
「話は最後まで聞きたまえ。だから、私はエメラルド家の当主の座を捨てて『エメラルドの証』を息子のユキに託したいと思う」
「…………は?俺?」
いきなり渦中の真ん中に放り込まれてリアルで時間が止まった。
お母さん、サキ、カスミもみんなギョッとした表情で俺とお父さんを見比べていた。
「ユキ……。黙っていたが、もうお前は遥かに私より強い。カスミちゃんと黙ってレベリングをしていたこと、とっくに気付いていたぞ」
「え……?」
突然のカミングアウトに一気に汗が噴き出してくる。
カスミも目をボールのように丸くしていた。
「お前、今レベル37だろ。もう俺はお前にレベルで10以上の差が付いてしまったよ。その強さをアーク村のため、世界のために使って助けて欲しい」
「あ、あなた……」
「ゆ、ユキがレベル37……?」
お母さんとサキも信じられないと俺に視線が集まる。
「こんなに可愛いのに、私のレベルの37倍あるの……?」と、サキはとくに衝撃があるようだった。
お父さんのロスは、懐に仕舞っているものを取り出して見せる。
鮮やかに光る翠の宝石であり、エメラルドの石で我が家の家紋が堀込まれている。
「ユキ・エメラルド……。アーク村のために、世界のために。エメラルド家当主よ、プライドさんと一緒に村を出て『エメラルドの証』をインフェルノやそれを狙う者たちから護りきって欲しい」
頭を下げて、『エメラルドの証』を俺に渡してきた。
ゲームとは違うが、これが冒険のはじまり。
「プライド……」
「あぁ。これから長い付き合いになりそうだな」
そう言われて背中を押され、父親から『エメラルドの証』を継承した。
こうして、12歳なのに次期エメラルド家の当主を継ぐことになったのである。
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