41、見捨てられた末路
『レインさん!レインさぁぁぁぁん!』
「あー……。うるせぇ……。なんだよ……」
残業が終わり、宿舎に帰ったレインはビットからの命令であるユキについてまとめた資料を作成しながら寝落ちして机の上でゆっくり熟睡していた時だった。
騎士の部屋のノックする音に目が覚める。
現在深夜の3時33分なのを確認すると「ふざけんなよ……」と文句が漏れる。
最後に時計を見たのが2時50分ちょうどだったので、寝落ちしてまだ1時間も経っていないことに気付き舌打ちする。
報告してきた部下の騎士に対して『死ね!』と暴言を吐いてしまいそうになるが、これはパワハラだと戒めて舌を噛んで文句に耐えた。
「あー……。んで、どうした?備品の鞘がないとかしょうもない報告したらぶん殴るからな」
「リーゼロッテがその……目を覚ましました……」
「おー、あいつ生きてたのか。ゴキブリ並みの生命力じゃねぇか」
ビットに居合い切りでお腹をスパッと斬られた時は死んだなと諦めていたが、どうやら目を覚ましたようだ。
死ななかったこともそうだし、わずか10時間程度で意識を回復する辺り『タフネスたけえ!』とレインが口には出さないがリーゼロッテを称賛する。
「第5騎士室が事故物件にならずに済んで良かったぁ!安心して寝れるな!」
「ですが……」
「あ?なんだよ?」
「リーゼロッテが医務室から抜け出してワープ魔方陣を使いサラグスに行ってしまいました」
「死ね!」
「えぇ!?俺にパワハラっすか!?」
「おめぇじゃねぇ!リーゼロッテに言った『死ね』だ」
「あんのトラブルメイカーめぇ……。死ね、野垂れ死ね!ゴブリンに頭から喰われて死ねば良いんだ!」
「レインさぁぁぁぁん!どうしますかぁぁぁぁ!?」
「うるせぇ!ほっとけ!もう戦死したってことにしとけ!」
「レインさぁぁぁぁん!」
「うるさい。もう『レインさん』って呼ぶな」
「レインよぉぉぉぉぉん!レインごぉぉぉぉ!」
「うるせっ!」
「レインボォォォォォ!」
テンションがおかしくなるほどに部下はリーゼロッテの失踪にストレスを抱えてしまったようだ。
新しいトラブルに頭が無性に痒くなる。
「とにかく追いかける必要ないからな。怪我人1人を追いかけるために騎士を動員できるかっ!」
「い、いいんですか?」
「お前、やけにリーゼロッテに肩持つな?」
「いや、性格うざいけど見た目可愛いじゃないっすか。目の保養になるじゃないっすか」
「オレじゃ目の保養にならないか?」
「レインさん見てるとアリゲーターみたいで身の危険は感じるけど、目の保養にはなりえないっすね」
「よく上司本人の前でそんな悪口言えるな」
「悪口じゃないっすから。本心です。悪気ゼロなんで」
「死ね」
レインは報告を受けとると、「命令は覆さない。24時間経ってリーゼロッテが現れなければ死亡扱いにする」と無慈悲な命令を下す。
「わかりました……」と報告した騎士は気まずそうに頭を下げてこの場から立ち去った。
「あんの馬鹿がっ!」
レインはリーゼロッテの目的を大体察していた。
あの気絶している中、会話も聞こえていたのかと思うと相当に生命力が高い。
惜しい部下を失くしたもんだと自分の後釜に推薦してやりたいくらいにレインの中での評価はうなぎ登りであった。
─────
よろめきながらサラグスを抜け、『エメラルドの証』の反応が確認されたところに目指して歩くリーゼロッテの姿があった。
身体中包帯まみれで騎士の制服も着ることなく、薄着のシャツ1枚で寒い夜を徘徊していた。
「プライド様の仇は必ず……、リーゼロッテが討ちます……。ビットみたいな腐れ十柱騎士なんかではなく……、わたくしが直々に手を下してやりますよ」
手には自分の武器ではない小さなナイフ1本だけを所持していた。
「この傷さえなければもっと重い武器が持てるのに……」と、忌々しくビットに裂かれた腹を見る。
止血されていた傷も、再び開いてしまい包帯が赤く染まっていた。
「うっ……」とよろめくと一瞬意識が飛ぶ。
それでもリーゼロッテの執念が歩みを止めなかった。
「卑怯だとプライド様に指を差されても……。暗殺でもなんでもして仇討ちをやり遂げますよ……」
目が血走り、身体も鮮血に濡れ、それでも意思は炎のように燃えている。
ボロボロになりながらも、執念だけは失くさなかった。
「はぁはぁはぁ……。あの男が余計なことしなければ」
夜も更けてきて、薄い光が周りに射し込んでくる。
あと、数時間で朝の時間帯になるようだ。
周囲が明るくなってきたことにリーゼロッテが安堵した時だった。
「あ……、きゃっ!?」
なにかの石に躓き、そのまま地面をゴロゴロ転がる。
「っ……!?」と腹の傷も地面を擦り、激痛になって彼女に襲ってくる。
「いだい、いだい……」と弱気な声を出しながらも立ち上がろうとした時だった。
「あれ……?おか、しい……な?立てないよ……?あ、やばっ……」
足を変に捻ったらしく力が入らない。
回復薬のポーションは数個用意してあるが、あれは体力を回復させるだけで傷や怪我は治せない。
リーゼロッテは自分がかなりヤバイ状況なんじゃないかと客観的になったのは、それから10分過ぎた頃だった。
「うっ……。最悪だ……」
容赦なく傷が開いた腹から血が溢れ、立ち上がれない。
誰か仲間たちが助けを来ないかと他力本願になるが、レインなら多分『探しに行くな』という面倒くさがりタイプの指示を出すはずだ。
プライドであったならば、反省文などの罰はあれど救援を出してくれていただろう。
しかも、まだリーゼロッテにとって災難は止まらない。
「え?う、嘘でしょ……?」
『ぎぃぃぃ!』とうめき声に彼女の目は大きく見開く。
こん棒を持ったゴブリンが5匹ほどリーゼロッテに向かって歩いて来ていた。
彼女の流している血の匂いを辿ってモンスターたちをおびき寄せていることに気付いていなかった。
ゴブリンたちは、リーゼロッテをなぶり殺しにしようという悪意に満ちた醜悪な笑顔だ。
「に、逃げないと……。っ……!?」
普段のリーゼロッテならゴブリンごとき1撃で討伐可能なモンスターだ。
しかし、愛用の武器も無く立ち上がれない。
暗殺用にと準備した刃渡りが短いナイフ1本でこの場をしのぐにはあまりにも難易度が高い。
「ま、魔法!えっと……、ひ『火車』!あっ!?」
火の低級魔法を繰り出すも、焦りと倒れていて狙いが定まらない体勢であったことが合わさることによりあらぬ方向へ『火車』が飛んでいく。
それに命中させられたとしても1匹しか倒せない。
5回魔法を当てられる頃には自分の身体はゴブリンの栄養になっているだろう。
「あ、ダメだ……」
プライドの仇も討つことなく、自分はこのままゴブリンに食い散らかされる。
そんなビジョンを頭に思い描いてしまい、瞳から涙が零れる。
「死にたくない……。死にたくない……」
プライドも殺される直前はこんな気持ちだったのか……?
少年に殺された時、どんな心境だったのか……?
それらが頭に浮かんできて、リーゼロッテは強く目を瞑り、現実から逃避した時だった。
『今、助けます!』
少年の声が聞こえてザシュ、ザシュと何かを切り裂く音がする。
「え……?」と呟きながら、リーゼロッテがゆっくり目を見開いていく。
涙で歪んだ視界に、雪のように真っ白い髪が真っ先に映る。
「今から残りのゴブリンも倒します。それから治療しますので待っててくださいね」
彼が、リーゼロッテを安心させるように微笑んでみせた。
それから彼は、有言実行とばかりに1分かからないで残りのゴブリンもカカシのように倒していくのであった。
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