13、止められない進撃

「痛いかプライド?エリートだと持て囃された女でも痛覚はただの人間だな……」

「ぎぃぃぃぃ……。いっ……」

「もはやワシの言葉すら届いていないか」


顔いっぱいに涙と鼻水と唾液まみれにしながら、プライドは片腕のない痛みに苦しんでいた。

自分の君主である王の言葉にすら返答する余裕もなく、無くなった左手に手を伸ばす。


「ひだりうで……。わたしの……うで……」


接着剤かなんかで切られた左腕が付けられるわけがないとは気付いていても、拾いにいかなくてはという本能がプライドを動かす。

片腕が切れて、人体のバランスが崩れたプライドは重い右側によろけながらも腕を取りに膝を地面に付けながら1歩を歩む。


「さすがプライド。ただ呆然と突っ立っているカカシにならず。自分の身体の部位を動かず根性はやはりワシが十柱騎士に抜擢しただけの女だ」

「ぅぅっ……。ぅぅ……」

「もっと虐めたくなるではないか」


王がパチンと指を鳴らす。

すると、プライドの付いていた膝より上の関節部分が爆ぜる。

「がっっっ!?」という声にならない悲鳴が、宙に舞った右足が地面に叩きつけられた音と同じタイミングだったのでかき消された。


「死にたくない……。死にたくない……」


プライドは恥を捨てて、王に懇願する。

血塗れな顔を拭く余裕もなく、ただ死にたくない一心で涙を浮かべながらうわ言のように呟く。

一気に血を流したからか、目も虚ろになってきていた。

でも、プライドはこのまま眠ってしまえば一生目が覚めないのを本能的に察していた。

だから、痛覚が走っている限り意識を失わないように歯を食い縛った。


「お漏らし1つしないとは中々気の据わった女だな」

「うっ……。死にたくないです。……死にたくないです……」


女を捨てたプライドだが、命を捨てたプライドではなかった。

卑しい女だろうと、片腕片脚が亡くなった状態だろうと死ぬのだけは諦めなかった。


「これが、王であるワシに逆らった罰というもの。ほれ、こんなのはどうだ」


楽しみながら再び指を鳴らす。

カチンと鳴らすと、プライドはビクッと目を瞑る。

次は首を飛ばされるのではないかと死を覚悟した。

……しかし、10秒経っても何も異変はなくおそるおそる瞼を上に開いていくプライド。

ニタニタと自分を眺めながら嗤っている王がどことなく右腕に視線を送っている。

そこで違和感に気付くプライド。

右手に一切力が入らない。

なにがなんなのかわからないまま、右腕に目を向けると『ぼとっ……』と静かに床に落ちた。


「…………っ」

「どうしたプライド?次はかろうじてくっついている左脚を飛ばすか?それとも首か?」

「なんでも命令に従います!なんでも命令に従います!命だけは……、命だけは……っ!」

「その言葉が聞きたかった」


王が「よく言った」と手を叩きながら椅子から立ち上がる。


「十柱騎士として、アーク村を蹂躙せよ」


王がプライドに命令を下しながら、右腕が離れた断切面のすぐ上にある肩をポンと優しく叩く。

すると、今までの惨劇なんか無かったようにプライドの飛ばされた腕と脚が元に戻っていた。

彼女は信じられないとばかり両手をグーとパーと動かしてみるが、きちんと機能する。

ただ、惨劇事態はあったとばかりに頬には生暖かい血が媚びり付いていた。


「お前がワシを裏切るか、意見をして反抗した時に呪いが発動してお前の腕と脚を切り落とす。死ぬまで、この呪いは解けない」

「っ……!?なんなりとご命令ください。必ず成果を上げてみせます!」

「十柱騎士の健闘を祈る」


プライドは恐怖に逆らえないまま頭を下げる。

そのまま逃げ帰るように王の間を飛び出すと、心を押さえ付ける。


(良心を捨てろ……。わたしは十柱騎士のエリィィィトであるプライド・サーシャ。たとえ誰が目の前に立っても切り捨てる)


彼女の王への恐怖は、自分の価値観を歪めてしまうほどに根付いてしまっていた。

──死にたくない。

彼女は命の執着は捨てられなかった。


これが非情な選択を出す免罪符だと後ろ指を差されても、プライドは動くのだと決めた。

今すぐにアーク村殲滅の命令を下し、準備をしなくてはならない。

人殺しに躊躇の無さそうな人を連れて行かなければならないかと、人選のことを考えつつ、最初は必要な物資はなにかをプライドは頭で計算をしていた。

考えごとまみれで城の中を歩いていると探し人である人物を見付けた。

探し人も、彼女に話があるとばかりにプライドへと近付いて来た。


「よぉ。十柱騎士への昇格おめでとうさんプライド様ぁ!いやぁ、出世が早くて羨ましいねえ。あんたのおかげでオレまでついでに上がっちまったけどな」

「……レインさん、見付けた」

「あ?なんだよ?補佐騎士のオレと仲良くしようって」

「今すぐアーク村に攻め入る支度をしなさい。騎士をたくさん集めて、アーク村の住民を蹂躙する作戦決行に移します」

「…………は?」


プライドへ皮肉の1つ2つをぶつける程度で弄りに来たレインは、プライドの命令に素で反応する。

アーク村に攻め入る理由も、住民を蹂躙する理由も一切わからない。

そもそも、そんな人を容易く切り捨てる選択をプライドが下したことがにわかに信じられなかった。

しかし、レインが眼帯越しに見るプライドの態度は本気そのものであった。


「何言ってんだプライド?なんで罪のない人を殺す命令が下せる……?お前はサディストな人間だが、簡単に人を殺せる人じゃねぇだろうがっ!」

「十柱騎士であるエリィィィトなわたしの命令は王のものと知りなさい」

「王の命令だから村を滅ぼすってか?お前、狂ってるぜ……」

「狂っていて結構です」

「おい、ふざけんなよ」

「村の攻撃に行かなければ規律違反として厳しい罰がレインさんを待っています。絶対に来てください……」


規律違反。

昇格したばかりのプライドがいきなり権力を振り回すなど、これまでの彼女を知っていればまず考えられない。

レインは彼女のバカみたいに真面目で、バカみたいにサディストで、バカみたいにエリートなところが嫌いなのだ。

嫌いだからこそ、彼女のことをよくわかっていたアンチ女である。

だからこそ、自分の嫌いな面を見せないところにレインはまたイラっとした。


「なら、オレが王に直接文句言ってきてやる」

「や、やめなさいっ!王に意見すれば、レインさんでも最悪騎士をクビになるわよっ!」

「っ!?」


プライドの焦った声がレインを遮る。

彼女なりにレインを庇った声に、レインは(なにがあったんだ?)と彼女の豹変ぶりに混乱していた。

いつも余裕綽々なプライドは成りを潜めていた。


「……明日、アーク村に奇襲をかけます」


レインに命令を告げた。

──その日、少数精鋭の15人の騎士を連れてプライドとレインは出発することになる。

プライドが告げた明日とは、奇しくもユキの誕生日。

『ハートソウル』が始まるプロローグの日でもあった……。






─────






夜の闇が世界を包む中、アーク村に向かう連中の顔は浮かないものが多かった。

戸惑い、動揺、緊張。

騎士たちが被る兜の中の顔はそんな緊迫した中で進軍していた。

その先頭では、馬に乗ったプライドが左腕を抑えながら移動していた。

いつまた左腕が飛ばされないかと不安で不安で、ぐっと右腕で左腕を掴んでいないと怖かったのだ。


(あの少年はレインさんか別の者に……。いや、それならせめてわたしが引導を……)


まさか、プライベートを使ってまで探していたユキを自分の手で殺す命令が来るなど考えたこともなかった。

アーク村が近付く度に良心が痛む。

彼と出会ったアークの森の入り口も、後ろ髪を引っ張られる思いで馬を走らせた。


(誰か……、誰かこの進撃を止めてくれ……)


プライドが心が壊れそうになっている中、味方を鼓舞するように語りかける。


「もう少しで村が見える。火を放って村人を炙り出せ!」

『はっ!』

「ちっ……」


騎士たちが返事を返すなか、反抗するようにレインが舌打ちをした。

見なかった振りをしながら、正面を向くと明かりのない寝静まった村が見えてきた。

そのまま騎士らに、火矢の準備に取り掛からせようとプライドが指示を出した時だった。


『よっしゃ!プライド見ぃーつけた』

「っ!?」


後ろから放たれた少年の声に目を開きながら、振り返っていく。

この男性の声に、プライドは聞き覚えがあった。

そんなわけがないと驚愕しながら振り返ると、声の主である少年がニヤッと笑った。


「俺、今日誕生日なんだよ。誕生日で真っ先に俺が大好きなプライドと出会えるなんて幸せだなぁ……」

「ゆ、ユキ……?」

「久し振りだなプライド。ずっと待っていたよ」


1年前よりかはちょっぴり身長は伸びたが、それでもプライドの身長には及ばない小さな少年があの頃のように木刀を手にして現れたのだった。


「結婚してくれよ、プライド」


──そして、2回目の求婚をされた。

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