37、約束と大見得

「うおおぉぉぉぉ!このっ!」


鉄の剣をゴブリンにヤケクソ気味に振り回すリディ。

20分前まではゴブリン1体で死にかけたとは思えないほど勇敢に戦っている。

装備見直しと、バフと回復の連打が彼女を一皮向けさせたようだ。

だが、圧倒的質量の中では一皮向けたところで雀の涙程度しか戦況はひっくり返せない。


「…………」


一応はF級3人パーティー『プライド愛で隊』よりも格が高いE級コンビが戦ってゴブリンを減らすことも他力本願ながら考えていたが、まさか2人でゴブリン1体も討伐出来ないまま死亡するのは予想外も良いところだ。

1人は俺が怪我をさせてしまい、かつタンク役だったみたいだから仕方ないにしても、もうちょっと活躍してくれなかっただろうか……。

ゴブリンの腹の中では蘇らせるのも不可能だ。

完全に3人がゴブリン軍団から孤立してしまった。


「なにかこの状況を打破する方法はないのか……?」


3人でトータル100体は確実に切り捨てた。

だが、ゴブリン軍団はまだまだ途絶えない。

むしろ増えている気さえしてくる。


「モンスターは倒せば倒すほど、同じモンスターのヘイトを買うんです……」

「え?」

「む、無理ですよ……。倒せば倒すほどボクたちはゴブリンからヘイトを買って同じぶん増えると思われます……」

「だからか……」


リディの怯えながらの解説を聞いて、納得する。

だから1000体の内、100体を倒しても減った気はしないし、むしろ増えているのは……。

そういえばはじめてガルガルの群れと遭遇した時もひっきりなしに増えてきた理由はそれが原因だったか……。

『ハートソウル』はRPGであり、モンスターとはランダムエンカウトのゲーム。

このモンスターの戦闘関連は、RPGじゃなくてアクションゲームに近い。

まぁ、現実では戦闘画面とか存在しないし当たり前だな……。


「そうだ、プライド!認識妨害魔法ならこの状況を逃げられるんじゃないか……?」


俺たちをゴブリン3体に認識してもらい、こっそり逃げ出す。

それならば逃げ出せないだろうか……?


「モンスターに認識を変えることは出来ない。当たり前だ、エリィィィトのように気高いわたしが獣なモンスターになどなれるかぁ!」

「ですよねー……」


出来るならとっくにしているかとガックリとしながら、剣でゴブリン2体同時に腹を突き刺す。

ブジュッという気色悪い感触が広がるなか、「だが……」とプライドが希望を見出だす。


「状況を打破する方法は2つある」

「プライド……!?それはいったい……?」

「はぁっ!」


プライドが剣でゴブリンの首を切り捨てる。

額の汗を拭い、身体を動かしながら解説をはじめた。


「モンスターの群れを食い止めるには2つある。1つは……、群れのモンスター全員の皆殺しだ」

「皆殺し……」

「み、皆殺しですかぁ……?」

「だだ、ここはだだっ広いフィールドだ。今回は1000体か3000体か10000体か……。検討も付かないな……」


プライドが苦しそうに言う。

ほんの100体倒しただけで、俺の魔力は既に4割を消費した。

アイテムで魔力回復をすることは可能だが、現実味は薄いか。


「2つ目は、モンスターの群れを率いるリーダーを殺せっ!リーダーが殺されれば指揮官を失い全員撤退する」

「そ、それなら……!」

「わざわざ全員倒す必要もない!」


希望がぶら下がった蜘蛛の糸を掴めるかどうか。

遥かに現実味が増したと思うと俺とリディの余裕も生まれてきた。


「無理にこいつら全員を倒す必要もありませんね!リーダーはどこにいるんですかプライドさん!?」

「知らん」

「え……?」

「これから殺す1体目がリーダーかもしれんし、1000体目がリーダーかもしれん。砂浜の中で針を探すような作業だな……」


流石にプライドも余裕が無くなってきている。

俺をつれ回し息切れもなかったプライドだったが、今は既に汗が多く滴っていてキツそうだ。

肩で息をするような状況になってもおかしくない。


「そ、そんなの運じゃないですか……」

「うん」

「そういうダジャレが聞きたいわけじゃないですぅぅ!」

「だって色が違うとか、身体がデカイとかリーダーとわかるマーキングが皆無なんだぞ?完全に運だよ……」


リディは悲鳴を上げながら、ゴブリンに剣を刺し殺す。


「そうだ……。その手があったか……!」


しかし、俺は王手への一歩のルートを見付け出した。

その鍵を握るのは俺でもプライドでもない。

──リディだ。


「ふふっ」

「プライド……?」

「その自信が漲ってきたお前の顔、わたしが大好きな表情だ」

「っ……!?お、お前なぁ……」

「助けてくれ、ユキ」

「!?」


好きな推しに頼まれたらそりゃあ……。

やるきゃないよなぁ!


「リディ、ステータス画面だ。レベルいくつだ?」

「ひ、開けませんよ……!必死なんですからぁ!」

「ならっ!ステータス画面を開いている間、俺がリディを護ってやる!絶対にお前を傷1つ付けない。だから、頼むっ!俺の指示に従ってくれっ!」

「ゆ、ユキさん……。わかりました!やります、ボクやりますっ!『ステータス』」


彼女がステータス画面を開き無防備な姿を晒す。

その間に俺はリディの脇腹を狙っていたゴブリンの腕を切り落とす。

単純に負担が2倍だが、リディに賭けるしかない。


「ヒーラーが前衛どころか、囮役になるなバカユキっ!『真空鎌鼬』」

『ぎゅいいいい!?』


風属性魔法の範囲攻撃をぶっぱなすプライド。

ゴブリンが辺り一体を風で切り刻まれて、ミンチになる。

本当に数秒、ゴブリンが周りから消失したおかげで攻撃の手が止む。


「燃費が悪い魔法を使ったが……、威力だけは申し分ないな……」


プライドがリディにバトンを渡す。

そこへ彼女の言葉が希望を繋げる。


「レベル……、12!?ボク、レベルが3倍にはね上がりました!」

「う、羨ましい……」


プライドのレベルではもうあり得ない3倍上がったという異次元レベルの現象が酷くショックを受けていた。


「チャートポイントが振れるな。確認してくれ!」

「あ!?ボク、剣のチャートがありません!そんなぁ……、騎士になる夢が……。しかも、チャートのリストが全部微妙……。防御チャート、斧チャート……」


うん。

通常プレイなら、微妙なチャートのオンパレードのリディである。

しかし、やり込みガチ勢ではリディだけのオリジナルチャートのためにレギュラー入りする者もいる。


「ショック受けているところ悪いがそこに強運チャートがないか?」

「あ、あります!う、運?1番微妙!」

「全部強運チャートにポイントを振ってくれ」

「え、えぇ!?防御の方がまだマシじゃないですか……?」

「早くっ!」


ゴブリンが束になって360度から再び襲いかかってくる。

しかし、その強運チャートに振る勇気が彼女にはないようだ。

その背中を俺が押してやらないと……、そんな気持ちが口から出ていた。


「俺を信じてベットしてくれぇぇぇ!絶対に君を後悔させないからっ!」

「ユキ……さん……。やります、全部強運に振ります!」


ザシュ。

プライドの一振りで戦闘が再開。

それが開幕とばかりに、ゴブリンたちも攻撃を仕掛けてくる。


「うわっ!?」


真っ先に棒立ちになったリディの脳を目掛けてこん棒が落ちてくる。

彼女を傷付けない約束が俺の足を動かし、前に出ていた。


「ぐっ……!?」

「ゆ、ユキさん……!?」

「大丈夫……。約束を果たしただけだ……」


額からの出血によろめきながらも、彼女を護るように立ち上がる。

「ユキっ!」とプライドからも心配の声を出されるが、心配するなと手を振る。


「早くこんなクソゲー終わらせるぞ」


決意を込めて、彼女らを安心させるように大見得を張った。

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