02.出会った
さて。
契約破棄されて放り出された俺は、ほっとすると同時に呆然としていた。
「……いきなり無職にされても、困るっつーかなんつーか」
自由になれたのはいいけれど、要はパーティから放り出された無職ってことだからなあ。厳密にはこれからギルドに行って、パーティ離脱の届けをしたらだけど。
『魔術契約書』というやつの拘束力はかなり強くて、思考はともかく行動はすっかり縛られていた。……まあ、要はお世話係のしんどいやつなので、実質的に奴隷と言われてもまだましといえばまし、だったんだけど。
手持ちの金は……直前の依頼を終了した後にポケットにねじ込まれた、銅貨十枚くらいしかない。少しは持たせておかないと、他人から怪しまれるとかなんとか。つっても、一食分の代金くらいか、これ。
とはいえ、道端でぼーっと突っ立ってるのもアレなんで、コルトたちの家から急いで離れよう。ギルドに行かなきゃならないし……実質コルトの奴隷だった俺を、入れてくれるパーティなんてねえだろうなあ。
コルトたちの拠点となった家、一応俺が物件当たりまくって連中の要望に答えるものをなんとか探し出してきたんだけどなあ。
「あー、これからどーすっうわ」
それでもまだぼんやりしてたせいか、人とぶつかった。バランスを崩して、地面に尻餅をつく。
ああやべえ、この感触はコルトと同じ冒険者だ。革の上に金属板縫い付けたタイプの鎧は、コルトが動きやすいからって愛用してるんだよな。普通の革ならともかく、あいつの使ってるのは『暴君』の革だから丈夫なことこの上ないんだけど。
「おい、ぼーっとしてんじゃねえよ」
「すいません……あ」
見えた顔で、確認。前に、別の任務でかち合ったことがあるパーティだ。コルトよりは若い、成人して間もない男三人。
とっさに謝ったけど、多分これじゃ済まないんだよなあ。そうでなくても冒険者、結構荒っぽいやつが多いし。
それに、俺はコルトのパーティにいた人間だから。その、冒険者仲間ではあまり良い評判じゃないからな、あいつら。
対外交渉やらなんやらはこれまで俺がほぼ仰せつかってきていたので、本人どもはもしかしたらよく知らないかもしれないが。
「あれ、こいつコルトんとこの奴隷じゃね?」
「あ、本当だ」
「奴隷言うな。一応、奴隷制禁止だぞ、この国」
それと、俺が実質的に奴隷扱いだったってことも周囲は薄々知っていたから。
だってそりゃ、買い物だったりギルドの手続きだったり何なりを俺に丸投げしてる様子、みんな見てるもんなあ。
「間違ってねえだろ。つうかお前さん、ついにあの寝取り野郎に放逐されたか」
「……」
……一部の冒険者パーティとは、コルトは仲が悪い。まあ、大体コルトに女を寝取られた相手なんだけど。
そう、コルトは何というか下半身が緩い。今のパーティ、ガロアもラーニャもフルールも下半身で勝ち取った連中ばっか、らしい。……聖女、純潔じゃなけりゃいけないってことはないらしいな。
これまでも大体が女性の構成員で、その全部がコルトの手付きとか何とか。入れ替わる、というかいつの間にかいなくなった子たちはどうしたんだろう。そのへんは俺には任せられなかったから、知らない。
ついでに言うと、俺はコルトと女性陣のそういうところには遭遇したことがないし、声も聞いたことがない。宿に泊まるときは一人だけランクの低い別部屋だったし、野宿のときは見張りを任されてコルトたちのいるところからは離れてたから。
「だったらどうした」
「マジか。てーことは無職かよ」
それはともかく。
コルトの下半身よりも、俺に対する態度のほうが一般的にはよく知られているらしい。能力と外見が揃ってないとコルトのお眼鏡には敵わない、とか何とか言ってたっけなあ、本人。
いやほんと、コルトのやつはなんで俺を魔術契約で拘束してたんだか。
「なら無職か。次、うちでこき使ってやろうか?」
「嫌だ。ざけんな」
「まあまあそう言わずに。ほら逃がすなよ、おめえら」
リーダーの剣士がにやにや笑いながら言ってきたので、即座に断る。逃げようとしたけれど、他の二人が見事に逃げ道を断っていた。コルトたちもそうだけど、変なところでチームワークは良い。
「つい囲んだけどよ、こんなグズ嫌だぜ。たかが荷物持ちだろうが」
「それがよ。コルトのやつ、任務完了報告の処理とかもこいつに任せてたんだぜ。クビにして大丈夫なのかね、あいつら」
「……つまりなんだ。事務処理とかの細かい面倒、こいつに丸投げできるって?」
「そうそう。『竜殺し』パーティの奴隷ってつまり、そういうのまでまるっとやらされてたってこった」
……あれ。
何か、コルトよりこいつらのほうがコルトパーティの事情理解してるぞ。
と言っても要はこいつら、自分たちでやるのが面倒くさい諸々を俺に押し付けようとかなんとか考えてるわけだけど。コルトの次はお前らかよ。いくら無職でも、それは御免被るぞ。
「まあいい。行くとこねえんだろ、これからギルドに行ってお前さんの加入手続きしようぜ。お前自身が」
「勝手に話を進めるな!」
俺がぶつかった相手が、そう言って俺の腕を握って、ぐいと引っ張る。慌てて振りほどこうとしたけれど、こいつそう言えば拳士だったな。剣を振る剣士ではなく、自身の肉体だけで戦う拳士。つまり、力がやたらと強い。
そのまま引きずって、連れて行かれそうになる。今度はさすがに『魔術契約書』なんてないだろうけど、でも冗談じゃねえ。
「嫌だっつーてるだろ! いい加減にしろ!」
必死に逃げようとして、腕を振って。
「その手を離しなさい」
凛とした声とともに、拳士が俺の腕から引っ剥がされて空に舞い上がった。
ほぼ同時に、取り囲んでいた二人がなにかの衝撃を受けたようにうずくまる。腹を抱えているから、ボディブローでも食らったかな。
そうして俺の目の前には、俺を背にかばうようにきれいなひとが立っていた。
肩の上くらいまでのさらさらした白銀の髪。冒険者の旅装としては質の良い、竜の皮を使った白い革鎧。
振り返ったその顔は穏やかに整っていて、真紅の瞳がなんだか嬉しそうに俺を見つめている。
「エール。ご無事で何よりです」
そうして、そのひとは俺の名前を、呼んだ。
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