57.蔵が建った
さて、俺にはそこそこ乱暴な母ちゃんなわけだけど、リュントにはそうでもない。
まあ、ぱっと見は細身の女の子だもんなあ。ドラゴンだけど。
「ああ、リュントさんはお久しぶり。この馬鹿がお世話になってるねえ」
「いえ。私の方こそ、エールの経験や助言にお世話になっておりますので」
「え。そんなに役に立つかね、この子」
「はい。私は冒険者としては未熟者ですから、エールの言葉やツテは大変に頼りになります」
「そうなのかあ。ならいいんだけどさ、ははは」
うむ、母ちゃんてば絶対リュントのほうが役に立ってるだろ、という顔で笑っている。実際そうだから、しょうがないんだけどさ。
けど、リュントの言葉も……少なくともリュント自身は本気で言ってるからなあ。ドラゴンだから、人間の常識がちょっと分かってないところもあるし。父親というかお世話係かね、俺。
……いや、この村にはかつてまじでお世話をしていた相手がいるはずなんだ。弟のカルルと、妹のミニア。それと父ちゃんなんだけど……そういえばどうしてるんだ?
「父ちゃん、カルル、ミニア。皆は元気かな?」
「元気も元気。父ちゃんは、村長さんに呼ばれてあちらの家に行ってるよ。カルルとミニアはそろそろ帰ってくる。家で寝るんだろ?」
そうか、全員元気か。それは良かった。
こういう土地だと、どうしても不意の事故なんてもんはあるんだ。大型の獣や魔物に襲われるとか、盗賊が暴れるとか、あと馬車でひき逃げとかな。
以前近所のおばちゃんがそれ食らって、加害馬車が全解体されたという事案があってな。御者は衛兵に突き出されて、馬は損害賠償つっておばちゃんちが引き取った。後は知らん。
そのあたりはともかくとして、家で寝るってのはつまり、家に帰ってこいってことかよ。俺がいると狭いぞ、うち。
「いいのか? 宿取ろうかと思ってたんだけど」
「お前の実家なんだから、遠慮しないの。一部屋新しく作ったから、ちょっとは余裕あるんだよ。リュントさんも、どうかね」
「そういうことでしたら、お世話になります」
リュント即答。俺の意見は……と思ったんだがもしかして、家族に会えるようにってことかね。リュント、俺のことは気にしなくて良いんだぞ。
とか考えているうちにリュントは、マジックバッグの中からひょいとモモくらいの包みを取り出した。
サーロビーフ、王都や領都などの都会でのみ流通する牛肉である。食べやすくて、子供やお年寄りにも良いんだが何しろ高い。今回は里帰りの土産ってことで奮発してみたわけだ。
「あ、こちらサーロビーフのお土産です。エールと相談してこちらにしました」
「あららあ、サーロビーフっつったら歯がなくても噛み切れるってあれ? 良い肉じゃないかい。ありがとうねえ、倉庫にしまっておくね」
あのくらいの肉なら、母ちゃんは肩に担げる。ひょいと持ち上げて、笑顔になった。その視線が、さっき見た新しい建物に向けられたのに気づく。あれ、倉庫なんだ。
「倉庫って」
「村の皆用の倉庫。収納スキルつきなんだよ。持ち運びしなくて良いから何だっけ、マジックバッグより安くて済むっていうからさ」
「そ、そうなんだ」
おう、村民共同利用なのか。そりゃ、村の真ん中に建つわな。
収納スキルがついてるってことは保存も効くし、建物自体も丈夫なものになるから食料保存にはちょうどいい。俺も弁当とか肉とか突っ込むし。
けど、いくらマジックバッグより安いとはいえ、そうして村の皆で建てたんだろうとはいえ、高いだろこれ。そう思って聞いてみたところ。
「『暴君』討伐後に、村の巡礼がちょっとしたブームになってね。それで臨時収入入ったから、村の皆で建てたんだよ」
とのことだった。ドラゴン倒されたときの拠点になった村とかが巡礼地になるってのは時々あるから、三年前にはこの村がそうなったんだろう。俺はコルトと一緒に村を離れているから、知らなかっただけで。
「ここがうち用の扉だよ。多分、あんたでも開けないだろうね」
「作ったときに村にいた人じゃないと開けられないってことか。解錠魔術の応用だな」
倉庫の中に入ると、真ん中に廊下があってその両脇に多くの扉がある。そのうちの一つが、家用の倉庫なのだとか。他にも村全体用のとか、非常用のとかがあるそうだ。またドラゴンが来たときや、それ以外の災害にあったときのために。
「またすぐに取りに来るけど、ひとまずはここにしまっておこうね。まずはエールとリュントちゃんを家に案内して、それから」
扉の中にサーロビーフの塊をしまい込んでから母ちゃんは、俺たちを見比べて笑う。そうして。
「その子をお外に出してやらないとね。さすがに袋の中は狭いだろ」
「みゅっ!?」
存在を見破られた、とばかりに潰れたような声を上げたモモ。……悪かったな、確かに狭いよな、そこは。
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