56.ただいま、と言った

 三年ぶりに足を踏み入れた村は、俺の記憶とほとんど違わないままだった。……あー、村の真ん中に大きな建物が建ってるけど、それくらいかな。


「あれ、エール久しぶり。帰ってきたんか」


「おう、久しぶり」


 そうして、俺の足は勝手に実家に向かっている。どの面下げて会うんだって感じなんだけど、ここまで来た以上会わない選択肢はないというかね。


「エール、久しぶりじゃのー。元気しとったか」


「ええ、何とかやってます」


 ……いやもうね、小さい村だから住民全員顔見知りなわけよ。で、久しぶりに見た顔なもんだから皆話しかけてくる。装備と、一緒にいるリュントを見比べることで俺の今の稼業は理解されてるようだけど。

 なお、モモはリュントの背負い袋の中で爆睡中である。よく眠れるな、と思うけど俺はドラゴンじゃないので、好みの寝心地を知らないし。


「じゃ、後でなー」


「はーい。無事なこと祈っててくださーい」


 ばたばたと手を振って、ご近所さんを見送る。そうして俺は、小さくため息をついた。ふふ、というリュントの小さな笑い声は、ちゃんと俺の耳に届いているよ。


「エールのご無事というのは、つまりお母様と相対して、ですか」


「うん。こういう村に住んでるだけあって、腕っぷしは強い……ってのはリュント知ってるか」


「たまに、エール曰くのどつき回されて、というのは聞こえていましたから」


 でーすーよーねー。

 手のひらサイズ時代のリュント、時々俺んちの裏とかに来てたからな。冒険者になりたいとわがままを言う俺と、それを叱ってどついて何とか止めようとしてた母ちゃんとのやりとりは見たり聞いたりしてたようだ。

 なので、置き手紙残して消えた息子が三年ぶりに帰ってきたら……まあ、無事かどうかは俺にはわからない。冒険者を三年やってるわけだけど、やることは基本荷物運びや雑用だったからな。


「……」


 それからほんの少し歩いて、到着したのは俺が三年前まで住んでいた家。……何か、ちょっぴり増築された気がしますが、もしかしなくてもリュントが俺の名前使って仕送りしてくれたからかな。


「……エール?」


 不意に、リュントじゃない声で名前を呼ばれた。三年前まで毎日のように聞いていた、その声で。

 振り返ったら、そこには俺よりちょっと背の低い、小太りの女性。……母ちゃん。


「た、ただいま」


「……」


 言い訳も何もなしに、ひとまずは帰宅の挨拶をする。リュントが踏み出そうとしたのを、手のひらで止めて。

 母ちゃんは、すうと息を吸った。


「こんの、馬鹿息子ーーーーーーーーーー!」


 おおうドラゴンの吠え声よりも声量と迫力のある母ちゃんの怒鳴り声!

 み、耳がきーんとした……。リュントは、とちらりと見ると目を丸くして、しっかり耳を抑えていた。大丈夫かな、背負い袋の中のモモ。

 とは言え、いきなり馬鹿息子はないだろう母ちゃんよ。一応反論させてもらうぞ?


「お、置き手紙は置いていったよね俺!?」


「冒険者パーティにくっついて『暴君』退治に行ってくる、ってしか書いてなかったじゃないか! その後どんだけ心配したと思ってるんだよ!」


「すみませんでしたあああああ!」


 即土下座しました。はい俺が悪かったです。そういえばそのくらいしか書いてなかったっけ、あの手紙。

 ごき、と音がして後頭部に拳が振り落とされた。い、いでえええ……さすが母ちゃん、的確にダメージくれてやがる。


「ったく……」


 それから、殴られた頭を抱え込まれた。よしよし、となでてくれる……のは良いんだけどそこ、今ご自分で殴ったところだろうが。

 いやまあ、これが母ちゃんなんだけどさ。俺と、カルルとミニアの母親で父ちゃんの奥さん。


「おかえり。馬鹿息子」


 そうしてこれが、母ちゃんの声。

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