61.そういうことだった

「父ちゃん、なんで」


 リュントがドラゴンだとわかったのか。

 さすがにそこまでは言葉にしなかった。いや、どうせ言うなら本人が言ったほうがいいからな。


「そりゃお前。竜の森のそばに住まわせて頂いてるんだぞ、何となく分かるに決まってるだろ」


 いや父ちゃん、その言い方が分からん。百歩譲ってリュントがドラゴンであることを見抜いていたとしても、その理由は理由にならんぞ。


「あんた、言い方がおかしいわよ。うちの村の連中はだいたい、ドラゴンに対する能力持ちだって言いなさいな」


 と、ここで母ちゃんの助け舟が入った。とは言えこちらも大雑把なんだけど……まあ、何となくだけど分かる。何しろ俺は、この二人の息子だ。

 というか『ドラゴンに対する能力』って何だ、と疑問符を出す前に母ちゃんはその答えをくれた。


「一つの能力を除いたら個人差があるんだけど。この人は、人の姿をしててもドラゴンを見破ることができるのよ。もっとも、だからどうだって話なんだけどね。この村は場所が場所だから、人型のドラゴンなんてそこそこ来る……らしいのよねえ」


「そうなのか……」


「いや、成人したら言おうと思ってたんだけどな。その前にエール、お前村出ちゃったから」


「はいそれはすみませんでした」


 一瞬で頭を下げた。まあ、成人してから教えられることもあるよなあ。今回は、俺がさっさと村を出ていってしまったせいで教わらなかったわけだし。

 で、俺たちの話を聞いていたリュントは、父ちゃんと母ちゃんに向き直って軽く頭を下げた。


「……はい。私は三年前に、エールのお世話になった事があるドラゴンです。そのお礼といっては何なのですが、私はエールを守りその力となるために人型を取り、冒険者となりました」


「おやま」


「お前、家にいるときにこの子のお世話してたのか」


「ちょっとだけ、だけどな。コルトのところに行く前に、元気でいろよって別れたから」


 小さなトカゲだったリュントを、表に出すのは良くないと思ったんだ。そうでなくても当時は『暴君』が暴れていたわけで、だから同じドラゴンであるリュントが間違われたり『暴君』の同類だって思われたりで襲われるのは嫌だったから。

 だから、彼女のことは家族にも言わなかった。父ちゃんもリュントのことは気づいてなかったようで、軽く頭を振る。


「さすがに、そこまでは知らんかったぞ。なるほど、それでエールに懐いてくれているわけか」


「はい」


 ほにゃん、と目を細めて笑うリュントの表情は、相変わらずトカゲのときと同じ顔。いや、トカゲと人型で顔違うだろとか突っ込まれかねんけど、本当に一緒なんだって。

 そこら辺はともかくとして。リュントの答えを聞いた父ちゃんは、重ねるように質問をした。まだ、本題ではないらしい。


「それならリュントさん。あんた、エールとパーティ組んでから自分が強くなった、とか思うことはないかね?」


「…………そういえば」


「え、何だそれ」


 俺とパーティを組んでから、強くなった?

 リュントはもとから強かったぞ。確かに、『暴君』を倒すのにコルトよりはやすやすと済んだ、け、ど。

 あれ?


「エールの方は、そうだねえ。『太陽の剣』の人たちが、お前が離れてからドラゴン相手に弱くなった、みたいなことは? この前、ドラゴン討伐できなかったのは知ってるけどな」


 よく似た質問を、父ちゃんは俺にも投げてきた。たった今頭の中に浮かんだ言葉を、そのまま答えれば良い質問だ。


「そういえば。そのドラゴン討伐のときなんだけど。俺たちと俺たちに同行してくれたパーティよりも、コルトたちに対する方がドラゴンの攻撃が厳しかったというか」


 俺たちと『三羽烏』にはさほどでもなかった攻撃を、『太陽の剣』はかなり強烈に食らっていた。あれ、言われてみればどういうことなんだ?

 『暴君』が、相手に応じて攻撃力を変えてるとかそういうことはなかった、と、思うんだけど。


「ふむ。なるほど……それはね、端的に言うとエールの影響なんだよ。さっきラライカが言っていた、一つだけ村人皆が持ってる対ドラゴン能力」


「はい?」


「あたしも話には聞いていたけど、ちゃんと影響出るものなのねえ」


「……えーと?」


 いやいやいやいや。

 もしかしてそれも、成人したら聞かされる話だったか。そうすると俺、リュントにとんでもなく迷惑かけてないか、ドラゴン関係の能力なんだろ?


「この村の民は、仲の良いドラゴンに力を与えそうでないドラゴンからは力を奪う。そういうふうに私も、伺ったことがあります」


「ああ、リュントさんはある意味当事者だものねえ。そうそう、そういうこと」


 そして母ちゃんの言う通り当事者であるリュント、お前の言ってるそれマジかー!?


「とは言いましても、私はエールとパーティを組む前に戦った相手はその、大したことない方々でして」


「魔物駆除しただろ?」


「あの程度は片手間にも入りません」


 でーすーよーねー。ワイルドボアグーパン一撃で倒せるもんね、お前。片手間どころじゃないね!

 つまりその、比較対象がなさすぎて実感がなかったってことですかリュントさーん? いやもう、たかが荷運び屋としては泣けてくるなあ。


「話はついたかい?」


「え、あ、おう」


「はい、つきました」


 父ちゃんに呼ばれて、何とか意識を現実に引き戻す。えーと何だ、要は俺とパーティ組んだためにリュント、ただでさえ強いのにパワーアップしてるとかそういう話だったな、うん。


「でまあ、さっきの話だけど。大っぴらに知られてるわけではないけれど、冒険者の間ではそこそこ知られた話らしい。暴走したドラゴンを討伐する際、村人とかその関係者とかがパーティに入っている可能性は高いそうだから」


 父ちゃんの説明に、俺はハッと気がついた。

 コルトが、わざわざ俺に『魔術契約書』なんぞを使って縛った理由が、そこにあるってことに。


「それで、コルトは村を出たがった俺を狙い撃ちにした、と」


「そういうことだねえ。『暴君』を討伐して『竜殺し』なんて二つ名と名誉を得たわけだから、そいつらの目的はまあ達成されたわけだ」


「『魔術契約書』でパーティから出られないようにしたのは、離脱されるとドラゴンへの効果がなくなるから、ですね」


 暴走したドラゴンを討伐した冒険者には、相応の名誉が与えられる。報酬は割増になるというか高い報酬の依頼が優先的に回されるし、場合によっては貴族並の扱いを受けることだってある……のは、コルトは侯爵子息だから別にいいのか。

 それで、俺を盾に使って強力な魔物の討伐を続けたけど、俺のその能力? そういうのはドラゴンにしか効かない……らしいな。それなら、確かに俺は役立たずだろう。で、ポイ捨てされた。


「じゃあ三年前の『暴君』を倒せたけど、この前のドラゴンを倒せなかったのって」


「エールがパーティを外れたから、その影響がなくなって戦力が減退した、ということですね。いい気味です」


 いや、確かに良い気味だってのは否定しないけどさ。朗らかな笑顔全開で言うなよなあ、リュント。

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