26.痕跡を見つけた
食い散らかされた、大型の獣の死骸。足跡は血の滴と、へし折られた木の枝とともに森の奥へと続いている。
「ドラゴンの食事痕、ですかね」
うわあ、と露骨に顔をしかめながらアードが言ってくる。これワイルドボアだからなあ……ドラゴンなら一撃で倒せるから、多分そうだろう。実例見たし。
「ドラゴンだってお腹は空きますし、寝もしますから」
当の実例であるリュントは、平然とした顔でこういろいろ調べている。血の乾き具合とか、死骸の腐敗具合とか。こういうのには慣れているはずのアードが顔をしかめるくらい臭いがそこそこひどいので、昨日今日ではない。
と、食いさしの足が転がってる。ちょうど噛み跡があったので、拾い上げて確認した。
「これを見る限り、人よりちょっと大きめってところだね」
「あー。これ、ドラゴンの噛み跡っすか。たしかに」
チャーリーが俺の拾った足を見てなるほど、と再確認。裂けた肉の中に見える骨に、歯の痕がくっきり残っていて顎のサイズが分かる。
大体、ドラゴンに戻ったリュントより少し大きいくらいのドラゴンだろう。『暴君』より小さいけれど、暴走したらもちろん洒落にならない強さだ。……リュント、お前は暴走しないでくれよ。
その間に、周囲をぐるっと見てきたらしいバッケが戻ってきた。防御魔術と警戒魔術はずっと、弱い状態で展開しっぱなしだから大変だろうな。収納していたマジックポーションをひとつ取り出して渡す。
「さんきゅ。木々の折れ方から言って、ドラゴンはあっちに行ったみたいだけど……これ、少し前の痕だからねえ」
「だなあ。四、五日ってとこか」
屍肉の臭いに集まる虫を、とりあえず払う。俺たちがいなくなったら、食っていいからな。綺麗に分解して、森の栄養にしてくれよ。
「そうすると、コルトたちもこれを見つけて追っかけていった、ってことかな」
「足跡あるもんな。深追いして戻れなくなった、ってのが相場だろ」
「もしくはこっぴどくやられたか、だよな。コルト、自信過剰な所あるから」
アードの視線を追うように、俺もそちらに目を向けた。
掻き分けられた木々の間へと伸びている、人間の足跡。多分コルトたちのものであろう複数のそれを、森の中で追うことは難しいと思う。
けどまあ、魔力の残り滓はバッケやリュントが追いかけられるだろうから、なんとかなるかな。
「どうする? 追うか?」
「そのつもりで入ってきたんだし。少なくとも、『太陽の剣』の状況を推測できる証拠だけでも拾ってこないと」
チャーリーにそう答えると、任せろとばかりに腰にはいた剣の柄を握ってくれた。
アードが拳を握り、バッケも杖をしっかりと握りしめる。
……何か、俺がいつの間にかリーダーっぽい感じになっちゃったけど。まあ、リュントがついてきてくれるからかもな。三人組は、リュントについてきてるわけだから。
「リュント。追えるか?」
「はい、お任せください。びびっと来てます」
「びびっと、ね」
自信満々の笑顔で、ちょっとよくわからない表現をする彼女。とは言え、多分コルトたちのいる方向が分かってるんだろう。ドラゴンだし、人間の俺たちとは感覚も違うだろうから。
……つまり、暴走しているドラゴンも、あいつらのいる方向はわかると考えていい。そうすると、急がないと状況の悪化を招く可能性があるわけだ。
「リュント、先導してくれ。アード、しんがり頼む。バッケ、チャーリー、一緒に」
「分かりました。ご案内いたします」
「おう。バッケ、俺の前にいろな」
「真ん中なー。チャーリー、抜くのは短剣にしとけ」
「分かってるよ。森ん中で長剣ぶん回すほど馬鹿じゃねえし」
って、何で基本隊列まで俺が指示してんだ、おい。みんな、納得してくれてるけどさ。
リュントならドラゴンの行方、引いてはコルトたちの行方がわかるだろうから先頭。アードは武器無しで戦えるし、拳士って気配にも敏感なとこあるから最後。というだけの話なんだけどね。
森の中では、長物……長剣や槍ってのはうまく使わないとじゃまになるだけだ。木の幹にぶつけやすいからなんだけどね……そこらへん、ちゃんと三人組は把握してくれてる。
……いや、コルトもフルールも、長剣のほうが使い慣れてるしかっこいいからってサブの短剣ほとんど使わないんだよ。そもそも、森の中ではあまり戦わない。広場を見つけて、そこまで俺を使って魔物をおびき出して、戦ってたから。
「姐さん、慎重に進んでくださいね」
「分かっています。ひとかたまりで進まないと、エールが危ないのですよね」
「そのとーりっす……いやまあ、そーっすけど」
バッケ、涙目になるな。諸事情でこいつは俺が一番なんだ。もっともそのおかげで、今回はリュントだけ先に進んでしまうこともなさそうだけど。
それと、この中で一番戦闘力が低いのが俺なのはもう、確認するまでもないからね。いやほんと、ごめん。
「魔術の効果はこのままで。みんな、行こうか」
『了解』
だから、何で俺が声掛けすることになるんだよ。ああもう、とにかく森の中へ進まないと。
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