25.『竜殺し』は動けない
竜の森。
獣道を外れた木立の中に、小さな洞穴がぽかりと開いている。
「く、くそっ」
その中で冒険者パーティ『太陽の剣』は、息をひそめていた。前日の夜、どうにかこうにか落ち着く場所を得た彼らは、翌日の昼になっても動くことができなかった。
「何で敵わねえんだ……あのなりで、『暴君』より強いってのか」
入り口そばで外を伺いながら、コルトはちっと舌を打つ。『暴君』の革でできた鎧に傷は一つもないが露出している四肢には無数の傷ができている。中でも、利き腕である右の腕は大きく切り裂かれており、ぎりぎりと巻き付けられた布に血が滲んでいた。
「ラーニャ! 防御結界が弱くなってるぞ!」
「か、勘弁してよ……もう、魔力がほとんどないのよ……」
名を呼ばれた聖女が、洞穴の奥で力なく首を振った。彼女の白いローブは薄汚れ、裾がかなり短くなっている。コルトの右腕に巻かれている布と色が同じだから、そういうことなのだろう。
そのラーニャの返答に露骨に眉をしかめたコルトの視線が、そのそばで岩壁に背を預けている魔術師に移動した。こちらは黒いローブだがあちこちに裂けた跡があり、髪の一部がばさりと切り落とされている。
「だったらガロア! 警戒魔術をもっとしっかり、張り巡らせろ!」
「お馬鹿。ラーニャと一緒で、あたしも魔力すっかすかなのよ? 目で見たほうが、多分確実だわ」
普段ならば誰もが振り返るような美貌である彼女の顔は、げっそりとしていた。ラーニャもそうだが、ひどく疲労しているのがわかる。魔術を展開するための補助具である愛用の杖は、半ばで綺麗に切り取られていた。
「じゃ、じゃあフルール……」
「……動けと、言うか。この、状態の、私に」
「うっ」
そうして女剣士の名を呼んだところで、コルトの動きは止まる。
ラーニャとガロアの前、コルトの背中から引っ剥がしたずたぼろのマントの上に横たわっているフルールは、この中では最悪の状態だった。
折れた左腕は木の枝を添え木代わりに固定されていて、顔の右側も布で覆われている。足は折れてはいないものの太ももに大きな裂傷があり、まず歩くことはできまい。
仲間たちの状態を再確認してしまってからコルトがまずしたのは、現状に対する不満をぶちまけることだった。
「だ、だいたい何で、ポーションが足りねえんだよ! マジックポーションも込みで全員、マジックバッグに入れてたはずだろうが!」
「足りなかったのよ、どういうわけか」
各自がマジックバッグを新調し、その中に傷を癒やすポーションや魔力を回復させるマジックポーションなどのアイテムを詰め込んだ上で彼らはドラゴン討伐に臨んでいた。
『暴君』のときにはほんの一日ほどで終わったため、今回もそのつもりで挑んだはずだったのだが。
一日目、森に入って程なくドラゴンの痕跡を発見した。その場で戦闘準備を整え、防御結界と警戒魔術を最大に展開した彼らの前に、早々にドラゴンは姿を見せた。
当然戦闘に入ったわけなのだが、コルトとフルールの剣がドラゴンに届くことはなかった。向こうからの攻撃はフルールの防御結界で弾き続けたけれども反撃も、そしてガロアが全開で放った各種攻撃魔術ですらあの竜は、平然と弾き返した。
そのうちに疲労が溜まった『太陽の剣』は、ドラゴンの目をくらませるための閃光魔術を放ちどうにか逃げ出した。この洞穴に飛び込み、交代で見張りをしながら回復と休息に努めて。
「そうそう。いつもの調子で魔術放ってただけなのに、二日目にはなくなっちゃってて」
「ゆうべには、私の分も終わっちゃったもの」
二日目、ドラゴンが襲いかかってきた。洞穴の中に閉じ込められる形になった彼らは、それでもどうにか善戦していた、とコルトは思っている。
だが、マジックポーションを使いながらのガロアの魔術が、昼前には切れた。手持ちのマジックポーションを使い果たしたためである。そのため、剣士の二人は魔術攻撃のサポートなく竜と戦うこととなった。
魔力が切れたガロアは、ポーションを使ってその二人をサポートすることに専念した。ラーニャは自前のマジックポーションを少し分けて、警戒魔術だけは復活させてやる。
コルトとフルールは剣を振るい、せめて外に出ようと奮戦した。その結果、二人は全身に傷を負い、ほぼ身動きが取れない状態になる。
ガロアが少ない魔力をかき集め、再びの閃光魔術でドラゴンを追い返す。弱りきった防御結界と警戒魔術を展開し、それで彼らのマジックバッグの中にあったポーション類は使い切られた。
これまでの戦闘で、こんなことは一度だってなかった。ポーション類、食料、その他アイテムには余裕があり、彼らはここまで傷を負うことなく依頼を達成できていた。それなのに。
「だから何でだ!」
「……以前、は、エールが、持っていた、から」
「は」
コルトがぶつけた疑問に、フルールの口から途切れ途切れの答えが紡がれた。
荷運び屋エール。彼の仕事は様々なアイテムを持ち運び、必要に応じて引き出し使用することである。もっとも『太陽の剣』にとっては彼の仕事は囮であったのだが。
「あいつは荷運び屋なんだから、荷物持ってて当然だろうが! それとも何か、俺たちのマジックバッグの容量があいつの収納スキルより少ないとでも」
「事実、足りてないし」
「エールのスキルにどれだけ入るのか、やってみたことなかったもんね」
あくまでも自分たちのマジックバッグの代わりであり、囮であり、奴隷だったエールという存在。そのスキルの上限がどれほどのものだったか、彼らは知らないでいる。
「……ちっ」
とは言え、今この場にエールはいない。傷だらけの四人パーティに、動くすべはない。
「ヒムロ伯爵領の冒険者どもめ。『太陽の剣』がここにいるってのに、とっとと援軍を出しやがれ。俺らが万全の態勢に戻らなけりゃ、ドラゴンなんざ倒せねえくせによ」
ぎり、と歯を噛み締めながらコルトは、援軍を心待ちにしている。あくまでも、『竜殺し』の英雄である自分を守り、盾となってくれるであろう都合の良い援軍を。
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