53.馬鹿が暴れた

「カルケ男爵領のドラゴンの森が、焼かれたそうだよ」


 その知らせが届いたのは、グレッグくんの正体を知った五日後だった。実際に焼かれたのはその二日前ということで、ひどくペースが早い気がする。

 ちなみに『竜殺し』コルトがドラゴンの住処を荒らしている、というのは表向き噂として思いっきり流された。各地のギルドには、グレッグくんから話がきちんと行っているとのこと。そのうえで、これだ。


「ホントですか、ライマさん」


「そっちの冒険者ギルドから早文が来てね、面積の半分くらいは燃え尽きたってさ。注意喚起のために、皆に教えてる」


「何ということを……」


 俺も顔がひきつってる自覚はあるけれど、それよりもリュントの顔色がひどく悪い。自分が住んでいた森じゃないけれど、それでも焼かれるなんてショックだろうにな。うん。

 俺の故郷の村では、竜の森のそばで火を焚くことは厳しく禁じられていた。ドラゴンの住処だってこともあるし、あの村は


「覆面した武装集団が、寄ってたかってやらかしたんだってさ。男爵領の部隊がこてんぱんにのされちゃって、ご当主が真っ青になってるらしいよ」


「そりゃなりますよ。ただの森だったとしても、放火なんて」


 ライマさんの顔が、すっごく苦々しい感じに歪んでいる。

 大体どの街や村でも、近くにある森は生活の糧を得るための重要な場所だ。建物を建てたり様々な道具を作るための木材とか、住んでいる動物たちとか、森のおかげで清められる水とか。

 それの一部が燃えるだけでも、森には大きなダメージになる。半分も燃えてしまったら、多くの動物たちも焼け出されているか……死んでしまっているか。その後、木々が生えて伸びてもとに戻るまで、どれだけかかることか。


「森に住まっているドラゴンが、怒るよな。きっと」


「みゅあ……」


 ……あーうん。ピンクのドラゴン、すっかりリュント、と俺、に懐いた。

 俺は服を着替えて目の前に立ってみたら、くんくんと匂いをかいでのちすりすり、はいいっちょ上がりというなんとも単純なオチで。

 本気でコルトの匂いが嫌だったらしい。そりゃまあそうだよな、故郷焼いた本人だしよ。


「モモちゃんも、おうちが心配だよねえ」


「みぃ……」


 ついでに言うと、このギルドではすっかりアイドルだかマスコットだかの扱いである。まあピンクで、両手で抱っこできるくらいのサイズだしな。今もライマさんが、よしよしと頭をなでている。

 なお、名前はリュントがつけた。身体の色から、東の方ではそういう果物があるとかなんとか。いっぺん食べてみたいな、それ。

 後……モモの存在はギルマス直々に許可された。首からギルドカードがぶら下がっております。モモ、職業はドラゴンと表記されてるんだが……ま、いいか。そのうち成長したら、なんか選んでもらおう。

 そこら辺はさておいて、カルケ男爵領の問題である。今回は男爵領、ということで……相手がはっきりフィルミット家の関係者だとわかっていれば抗議はできるんだけど、いくらコルトの実家でもそこまで馬鹿じゃないからなあ。それに。


「うちのギルマスから各地に、『竜殺し』の件は伝わってるはず。それでも止められなかったわけだから」


「『武装集団』がやたらと強い?」


「でしょうね。侯爵家の私兵を使っているのであれば」


 そう。

 モモの話を聞いてすぐ、サーロの冒険者ギルドからは全速力でこの国にある全ての冒険者ギルドに急報として伝えられている。国の端から端まで三日で届く、ドラゴン特急便。グレッグくんの知り合いの皆さんが全面協力してくれた、そうである。

 それでも、話を聞いている領主の方々がそれぞれに警戒を強化しても、コルトの暴走が止められない。コルト自身か、実家かはともかく。


「証拠さえつかめれば、王都のギルド経由で王家にお願いしてそちらから罰してもらう、ってこともできるんだけどさ」


「つまり、最低でも証拠を手に入れないといけないわけか……」


「みゃう!」


「モモ、故郷の敵討ちたいのは分かるがお前だとぷちっとされて終わりだぞ」


「みゅおう」


 まあなあ……最低でも『暴君』子供、くらいまで成長してないと無理だと思うけど、でも気持ちは分かるんだ、モモ。

 そうなると、俺たちで警戒して鉢合わせしたらどうにか証拠を手に入れる、ってことになるか。多分、各地の冒険者たちもそう動いているはず。

 もしかして、カルケ領では動かなかったか、動いても太刀打ちできなかったか。どちらにしろ、結果は散々だったわけだが。


「まあ、そういうわけだから。うちとしては、依頼受けてないパーティには随時警戒を怠らないようにとお願いするしかないのよね」


「もし、その方々がこちらに仕掛けてこられたら」


「何らかの対処をすれば、報酬は準備してあるってさ。ああ、領主様から直々にお言葉と書類頂いてるから、確実よ」


 冒険者としては、動くには報酬が必要なんだよねえ。腹が減ったら冒険も戦もできないわけだし。

 そこのところはサラップ伯爵家ご当主、きちんと考えてくれているようだ。ライマさんが示してくれた書類には、『ドラゴンの棲家を狙う不届き者への対処に関する報酬』のリストがきちんと揃っていたからな。

 もちろん、最高の報酬は『不届き者』退治および黒幕の確認。この金額なら一年は依頼受けなくても暮らせるし、武器や防具も誂えてくれるとのこと。


 まあ、報酬はともかくリュントやモモや、グレッグくんの仲間たちとその故郷を守らないとな。

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