52.もうひとりいた

「あはは。間違いなく、コルト・フィルミットだわねえ」


 依頼を片付けて戻ったサーロ冒険者ギルドの、奥の部屋。そこで俺たちの話を聞いてくれたグレッグくんは笑った……んだけど目が笑ってねえ。怖い。

 しかも、わざわざ実家の名字つけてくるあたりコルトだけじゃなくフィルミット侯爵家全体に対して怒っているな、これ。


「やっぱり、そうですか。物証はないのですが」


「この子が証言したんだから、それでいいわよ。こんな小さい子が嘘つけるほど、ドラゴンが性格ねじ曲がってるわけでもなし」


 俺と並んでソファに座るリュントの膝の上に、ピンクのドラゴンがちょこんと座っている。服着替える暇なかったんで、まだこいつには嫌がられている俺であった。とほほ。

 というか、俺のこともそうなんだけどこの子のこともあっさり信用してくれてるんだよな、グレッグくん。リュントのことも知っていて、それでこの態度だしねえ。


「それで、どうにかなりそうですか。この子の住処」


「難しいわね。サラップ伯爵領とかなら良かったんだけど」


 で、一応聞いてみるんだけどさくっと首を横に振られた。まあ、そうだよなと人間の俺としては思うんだけど、そこのドラゴン二名はすごく不本意な顔をしている。


「フィルミット侯爵領近辺、だからねえ。あちらの冒険者ギルドにねじ込んでも、領主様が圧力おかけになって終わりだわ、多分」


「自分ちの末っ子がやったことですからね……侯爵家としても、表沙汰にはしたくないでしょうし」


 いやまあ、そうなるよね。貴族って結構表向きの顔が重要らしいし。

 自分の家の者が悪さした場合でも、例えば今回のように自分とこの領地近辺なら気合い入れてもみ消すだろうし、別の領地とかでやったら……あー金なりなんなりで解決するか。ドラゴンの住処問題が金で解決できるかどうか、しらんけど。


「……人間とは、面倒なものなのですね」


「面倒よねえ。ドラゴンには、そういうの関係ないのに」


 出されたお茶は、俺たち人間も普通に飲むもの。ドラゴンの好みであるらしい、花びらがふんわりと浮かんでいる。花の香りは女性に人気が高いんだけど、ドラゴンもこの香りは好きなんだってさ。


「ごめんねえ? リュントちゃん、それから……お名前はあるの?」


「みぃや」


「ないの。そう」


 名前を聞かれてふるふると首を横に振ったピンクのドラゴンに、グレッグくんは目を細めた。うん、こいつグレッグくんには最初から好意的にみゃーみゃー鳴いたんだよねえ。くそう、泣かないぞ俺。

 そんな俺の顔を一瞬だけ見たグレッグくんは、ピンクの子に視線を戻して。


「お名前がほしいなら、リュントちゃんかエールくんにつけてもらいなさいな。この二人は、信頼していいから」


 嬉しいんだけどこいつにとっては複雑だろうな、という言葉を投げかけた。


「みゅう……」


 ほら、めっちゃ難しい顔してるじゃないか。リュントがよしよし、と揺すってやってるけどそれで戻る機嫌じゃないし。


「あー、あの、俺の匂いがコルトと似てるらしくて」


「まあ、そうよねえ。三年一緒にいたんだもんね、装備とかに匂い移ってるもんねえ」


 分かってるとは思うけど、一応説明したら納得してくれた。……ところで、何か匂い分かってるような言い方するな、グレッグくん。


「お洋服、新しいの買うんでしょ? それで匂いを再確認すればいいわ。悪い人じゃない、って分かるから」


「みゅーあ? みい、みみう」


 リュントが話しかけるのと同じように、グレッグくんも話しかけてる。みゅーみゅー言ってるこいつの言葉を、しっかり理解できてるようだな。


「リュントちゃんもね、エールくんを慕って竜の森から追っかけてきたんだから。匂いで分かるんでしょ? リュントちゃんが竜の森出身だって」


「みゃい!」


 あ、さすがに今のははい、って言ってるんだってのはわかった。三年前のリュントも、そんな感じで話すことがあったから。

 でもさ、なんかさ。


「……あのう、グレッグくん」


「なあに?」


 こう、理由のない推測なんだけど、思わず確認したくなって俺は問うてみる。

 彼には知り合いのドラゴンがいるって言ってたけど、でも周囲にそういうひとは見当たらない。


「何となく、なんですけど。グレッグくんの『知り合いのドラゴン』って、もしかして」


 あなたですか、と言葉にする前にグレッグくんの、きれいな目がすっと細められた。笑ってではなく、真剣な眼差しで。


「あらら。まあ、あなたたちの前だと気が緩んじゃうのよねえ。エールくんが悪い人じゃないのは、よく知ってるし」


 ぱたん。革が床を打つ音。

 ふらりと立ち上がった彼の背、長く伸びる金髪に沿うように伸びる、金色のしっぽ。

 リュントとピンクの子はああ、という感じでのんびり見ているので気づいてたな、お前ら。グレッグくんが自分でバラすまで、内緒にしてたんだろう。俺が、リュントのことを黙っていたのと一緒で。


「うふ。まあ、そういうことよ」


 リュントが白銀なら、きっとこのひとは黄金なんだろうな。

 グレッグくんを見ながら俺は、呑気にそんなことを考えていた。多分、現実逃避。

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