51.連れ帰ることにした

 とりあえず、収納スキルでしまってある中から大きめの背負い袋を取り出す。獣や魔物を生け捕りにする、という依頼もあったりするので、その時のためのものだ。


「ドラゴンが、竜の森以外にも住んでいるというのはご存知ですよね。エール」


「まあ、一応は。もともと、別の場所に住処があるって話も聞いているし……リュントみたいに、人型になったドラゴンはあちこち移住したりするんだよね」


 革の袋の中に、柔らかい毛布を敷き詰める。ドラゴンの子供なのでそのまま突っ込んでも平気だと思うんだけど、やっぱり子供だしね。


「はい。その、エールのように優しい理解者がいてくだされば良いのですが、一つ間違えれば身を売られたり殺されたりする可能性もありますので、あまりひとところにはいないようにしております」


「なるほど」


 準備のできた袋を、リュントの前に置く。人間である俺の匂いがついてるよりは、同類であるリュントの匂いをつけたほうが良いだろうしね。


「それと、別の場所に住んでいる個体同士で情報交換をすることもあります。そのときに、ドラゴンは匂いで出身地を確認するんですよ」


「匂いかあ。やっぱ違うんだ、人間には分かんないんだけどね」


 うん、やっぱり。リュントが自分の肩にドラゴンを乗せ、それから自身のマジックバッグを開いてタオルを取り出す。毛布の上に広げてから、彼女はピンクの子供ににっこりと微笑んだ。


「これから私たちは、人の多いところに行くことになります。住処のことを信頼できる方々にご相談するためですが、その前にあなたの姿をあまり見られたくないので、ここに入っていただけますか?」


「みゅ……みゅあい」


 リュントのお願いにこっくり、と大きく頷いて、ドラゴンはよいしょっと頭から突っ込んだ。中でうまく回って、袋の口からひょこっと顔を出す。うん、街中に入るまではそれでいいだろ。


「と、リュント。ドラゴンの匂い、体臭だね。やっぱり違うの?」


 で、ひとまず話を戻そう。リュントが知ってる、俺の知らないドラゴンの話はとっても興味深い。

 グレッグくんあたりは知ってる話、なんだろうな。こういう話なら、ドラゴンの知り合いから聞いていてもおかしくないし。


「はい。人には知覚できないのかも知れませんが、住処によって体臭が少し違うんです。この子は竜の森ではなく、別のところ……別の森に住んでいたようですね」


「そんなちっさい子が、別の住処からここまで来たのか」


 人の両腕で抱えられるくらいの、まだ成体とはいえないドラゴン。三年前のリュントほどじゃないけれど、竜の森に住んでいるわけじゃないこの子がここまで頑張って逃げてきた、というのは、うん。

 よく頑張ったな、お前。


「みゅあああ、みゅいあ」


「どこでも良いので、別のドラゴンに住処のことを伝えたかったようです。怖い人間が来て、森を無造作に伐採しつつ火をつけていった、と言っています」


「なんて……」


 リュントが頭をなでてやると、嬉しそうに目を細める。……そういえばこの子、目は深い紫色なんだな。何というか、花のように感じる。色味とか、柔らかい鳴き声とか。


「そういう事なら、急がないとな。ヒルオークと荷物に関してはルファスの衛兵さんに引き継いで、俺たちはサーロにすぐ戻ろう。グレッグくんに話を通す」


「はい。そのほうがよろしいかと、私も思います」


 ヒルオークの討伐と強奪された荷物の捜索、というここでの任務は既に達成している。あとは、依頼元であるルファス側に情報を渡してサーロに戻り、冒険者ギルドで手続きをして報酬を貰えば依頼は終了だ。

 そのついで、と言っちゃ何だがこのドラゴンをサーロまで連れて行って、ギルド側に情報提供する。その後は……まあ、ギルドで考えてくれるだろ。


「それで、ですが」


 不意に、リュントの声が固くなった。ぽん、とドラゴンの頭に軽く手を載せて、それから背負い袋を胸側に負う。生き物が入っているので、このほうが安心するとか思ったんだな。


「エールの匂いが、その怖い人間の一人と似ている、と言っていました。怖い人間の一番後ろから、怒鳴り立てている人間と」


「俺?」


 ただ、彼女の言葉がひどく、嫌な感じに聞こえた。内容が大概だからと思うんだけど、でもさ。


「……ええと。それは、もしかして」


「結論は詳しく聞いてからになると思いますが、おそらく」


「コルトが、やったのか」


 パーティメンバーの後ろから、怒鳴り立てる怖い人間。

 『竜殺し』の名誉回復のために『魔術契約書』を発行する実家を持つ、コルト。

 こうな、何の証拠もないし勝手な推測なんだけど、ものすごーくしっくり来るんだよね、この推測。


「はい。この子の体臭はどうやら、フィルミット侯爵領から近い住処の森のものですし」


「あー」


 それに、コルトの実家の領地近くなら他の貴族から文句を言われる可能性は低い。後々強力な魔物とか、そもそも怒ったドラゴンとかが暴れたときは文句とか言ってる場合じゃないだろうし。

 けど、コルトとよく似た匂いかあ。装備とか、取り替えたほうが良いかもしれないな。緑の『暴君』の装備はともかく、下に着てる服は新しいもの買うことにしようか……あーあ。


「わかった。その子は、リュントが預かっておいてくれ。あまり人目につかないように」


「分かりました」


 ま、ひとまず俺たちは帰ることにする。依頼達成の報告をして、それからグレッグくんに相談して。

 あ、でもそうなると、もしかしたら面倒になるかもしれないから先に言っておくか。


「リュント。お前のこともバラすことになる可能性はあるけど、いいかな」


「構いませんよ。グレッグくん、どうやら私のことは気づいているようですから」


「マジすか」


「はい」


 ………………そ、そっか。気づいてるのか。それで、黙っていてくれてるのか。

 な、なら、大丈夫、かな。うん。

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