50.出た
「よっし、リュントお疲れ様!」
「やりました!」
山と言うには小さいから、丘と呼ばれるヒルオーク。倒れ伏したその巨体の上で、リュントが楽しそうに手を振っている。
今回の依頼は、サラップ伯爵領の中ではサーロの次に大きな街ルファスからのものだった。このヒルオークがルファスにつながる街道を塞ぎ、輸送されてくる荷物を全部掻っ払うので何とかしてくれというやつで。
ヒルオーク。丘に住んでるオークじゃなくて、丘のように大きなオーク。図体だけならしっぽを除いた『暴君』より大きいかもしれないそれが、道路の一つをまるっと塞いでたわけだ。
奪われた荷物の調査はこれからだけど、運んでる間にぼとぼと落としたらしい細かい荷物が点々と街道沿いの岩場に続いているから、多分あのへんにしまってあるんだろうなと推測はできる。
「リュント、耳だけ斬って取っといて」
「分かりました。残りはルファスの方々におまかせして良いのですね?」
「そういう契約だからね」
あーまあ、ヒルオークだって一応食用にはなるんだけどこう、大きすぎて手間がかかるんだよね。耳はうまく処理したらコリコリして美味しいんだよ。酒のつまみになる、とはライマさん談。討伐の証拠兼おつまみ用として、冒険者ギルドに納品することになる。
「さすがに他のオークと違って、ヒルオークは単独で生活するんですね」
「繁殖期だけペアになるそうだけどね。この大きさじゃ、餌取るのも大変だろうし」
「確かに、大きな街に運ばれる食料を奪えば調達は楽でしょうけど」
「その代わり、こういうリスクがあることも理解はしてると思うんだけどなあ。ヒルオークの知能がどのくらいか、俺は知らないけどさ」
すぱん、すぱんと威勢のいい音がして、ヒルオークの耳たぶの長い耳が落とされる。くるくる丸めても両方合わせて一抱え、とかなりでかいんだがこれ、何人分のつまみになることやら。
「エール。これ、収納できますか」
「そのくらいなら余裕余裕。ヒルオーク全部入れろって言われたらちょっと待って、ってなるけど」
丸めた耳をロープでまとめて、収納スキルに放り込む。出したりしまったりするのは手動だから、サイズが大きすぎると大変なんだよね。分解しないと。
「入らない、ではないのですね」
「容量で言えば、多分入るよ。入れるのも出すのも大変だから、やりたくないだけで」
「まあ、分かります」
そのことはリュントも理解してくれているようで、こくこくと小さく頷いてくれた。
さて、ヒルオークは片付いたのであとは、奪われた荷物の捜索だ。
落とし物が道標となったおかげで、さほど時間もかからずに俺たちは目的地にたどり着いた。
荷物どころか、荷馬車ごと山積みになっている。そりゃまあ、ヒルオークなら掴んで持ってこられるだろうからねえ。
「保存用に、結界石置いとこう。場所を伝えて、何なら案内してくればいいからね」
「分かりましたー」
場所を確認したところで、俺たちはその周囲に結界石を置いて魔物を近づけないことにする。引き取りは、ルファスの衛兵に頼むことにしている。いや、一部だけ持って帰ってあれを盗んだこれを壊したとか言われると困るし。
「ざっと見た限り、食料だけなくなってるっぽいな。まじで餌調達だったか」
「そうみたいですね。他のものは、単純に積み重ねてあるだけに見えます」
まあ、積む際にいくらか壊れてる可能性はあるけどそれはあきらめてもらうとして。
結界石を置き終わり、よしと確認して帰ろうと思ったとき。
「あら」
珍しく、リュントがびっくりした感じの声を上げた。岩場の陰、そこに何かを見つけたらしいので行ってみる。
「どした? リュント」
「あ、あのエール」
「みゅあ」
『……』
うん、聞き慣れないけど聞き慣れてる声がひとつ出てきた。
岩の間からひょっこりと顔を出しているのは、小さなトカゲ。色はピンクで、両手で抱えるくらいの大きさだ。角はちょっと長くて、後ろに流れる感じの二本。こういうのも個体差なんだろうなあ、うん。
じゃなくって。
「あー。色とサイズは違うけど、三年前のリュントとほぼ同じ外見だな」
「はい。ドラゴンの幼生ですね」
さすがにリュント、自分の姿は認識してたらしい。水鏡かなんかで見たんだろうな。
そういう会話を交わしている俺たちを見比べながら、そのピンクの子は少し怯える感じの表情を浮かべている。何かあったかな、と思うんだがこのくらいの相手だと、人語は喋れないと思う。
というわけで、リュント、頼んだ。
「きゅい。どうしました?」
「みゅい」
あっちの子、リュントがドラゴンだというのは認識できた模様。しばらくみゅいみゅいきゅいきゅいとドラゴン語らしい会話が続くのを、俺はゆっくり待っている。周囲を警戒してはいるけれど、ヒルオークの巣のそばということでか特に問題はないようだ。そりゃ、うっかり見つかって餌にはなりたくないもんなあ、魔物も獣も。
「……」
あ、終わった模様。ただ、リュントの綺麗な顔がひどく難しい表情を浮かべている。彼女にしちゃ珍しいが、つまり。
「あんまりいい話じゃなさそうだね」
「はい」
気がついたけど、ピンクの子はリュントの腕の中に収まっていた。ドラゴン同士だし、気が合ったのかな。そりゃ良かった。
ただ、きゅうと縮こまっている感じなのは……ああはいはい俺ですね、ごめん怖がらせてるかも。
そうして。
「……この子の住んでいた場所が、焼き払われたようです」
そんな感じで俺を恐れている理由は、リュントの言葉が教えてくれたように俺には思えた。
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