49.『竜殺し』は懲りない

「ふむ、手配は終わったね。よしよし」


 フィルミット侯爵家の執務室で、金が淡くなった色の髪を一つにまとめた壮年の男性が目を細めた。手元の書類を全て読み終わると、彼は傍に控える執事に「コルトを呼んでくれ」と命じる。


「呼んだかあ? 父上」


 しばらく時間を置いてやってきたのは、『竜殺し』コルトである。彼が父と呼ぶ男性はつまり、フィルミット家現当主ベルガ。人がフィルミット侯爵、と呼ぶ人物だ。

 その父親は末息子の顔を見て、ふにゃりと頬を緩ませる。年を取ってからできた子供を、父親は溺愛していた。


「ギルドに命じて別働隊を十人ほど、お前用に編成したよ。好きに使っていいからね」


「マジか、ありがとう! これで、存分に冒険できるぜ!」


「お前と、フィルミットの名誉のためだからね。援助は惜しまないよ」


 最初に「冒険者になる」と言ってコルトが出ていったときには、長男パイソンが止めたこともあり『魔術契約書』の一通を渡すことしかできなかった。

 それが『竜殺し』の名を持って帰ってきたということで、父親は全面的にバックアップすると決めているようだ。パイソンは「ほどほどにしてくださいよ」と呆れているようだが、末弟が冒険者として名を上げることには反対していない。


「そうだねえ……まずはコルトが頭となって、ドラゴンを討伐したらいいんじゃないかな。二体討伐したものは両手、三体以上となると片手で数えるほどしかいないんだろう?」


 そうして、無邪気にそのような提案をしてみせる。一度くらいドラゴンを倒せなくても、また機会を作れば良いのだ。

 フィルミット侯爵は、程々に傲慢な男である。かわいい我が子を上り詰めさせるためには、手段を選ばない程度に。


「暴走したドラゴンしか、討伐しちゃいけないってことになってるんだよなあ。その辺、ギルドうるさくてさ」


「わしらの金を食って運営してるというのに、冒険者の寄せ集めごときが偉そうで困るよね。うんうん」


 コルトが不貞腐れ顔で愚痴る内容に、至極当然とばかりに同意する。

 冒険者ギルドは、その領地の領主と協力関係にある。敷地と領内情報を提供してもらい、その代わりに領内の様々な問題を解決するために稼働する。

 その存在をベルガは、『自分の金で食っている癖に言いなりにならない冒険者の寄せ集め』と認識している。それゆえに、末息子が冒険者になる際『魔術契約書』を発行して渡したのは当然のことだと考えた。

 コルトのためにだけ動く冒険者を、彼の手に渡すために。


「竜の森以外にも、ドラゴンが住んでいる場所はあると聞いているよ。調べてあげるから、そいつらを怒らせてしまえばいい。わしが集めた別働隊なら、まず討伐に失敗はしないはずだからね」


「けど、逃げ出したりしねえかな」


「大丈夫だよ。別働隊はね、全員『魔術契約書』で支配してあるから」


 そして、コルトのために集めた冒険者を魔術契約で縛ることに何の疑問も持たない。コルトのために働かせる奴隷だと、認識しているから。


「は? えっと、全員?」


「そう。何しろね、コルトに従えという命令を拒否してわしに歯向かおうとしたからねえ。領主としては、きちんと罰を与えなければならないだろう? 家族や身内の安全と引き換えに、喜んでサインしてくれたよははは」


「うわあ。さすが父上、権力の使い方分かってる!」


 そのような父親に溺愛されて育てられたコルトも、同じような思考を持つに至った。だからこそエールを騙して『魔術契約書』にサインさせたし、役立たずだと考えたから破棄して捨てた。


「ははは、だろう? お前には侯爵の位は継がせてやれないが、その分冒険者としてのお前のフォローは存分にしてやるからね」


「わかった。ありがたく使わせてもらう」


 自分の身内以外の冒険者を人とも思っていない父親と息子は、晴れ晴れとした表情で笑い合う。それが、自分たちの名を高めるために必要であり、当然の行為であると考えているから。


「そうそう。ドラゴンの卵があったら、持って帰っておいで。孵して育ててやれば、ドラゴンを手懐けることもできるらしいからね」


「それも狙ってるんだけど、なかなか見つかんなくてな。ドラゴン怒らせるのに、ちょうどいいんだけど」


「そうだねえ。うちから捜索隊を出してもいいんだけど、大っぴらにはできないからね」


「さすがに、ドラゴンの卵を探すなんてのは他の家も、王家もいい顔をしないっていうしな。何でだろうね?」


「さあねえ。そこまでは、わしも知らんよ。ただ、問題があるんだろうねえ」


 呑気に、ドラゴンの卵について会話する親子。『暴君』の顛末については知らない彼らだが、表沙汰にできない事情があるというのはさすがに理解しているようだ。

 ただ。


「だったら、こっそりやっちまえばいいもんな」


 その事情を深く考えようとしないのは、彼らの弱点とも言えよう。

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