21.あちらの事情を聞いた

 俺たちと三人組を乗せた馬車は、ゆっくりと走り出した。御者台にいるグレッグくんは、街道まで出たところでこちら側をちらちら伺いながら声を上げる。


「ヒムロ伯爵領の状況、わかる限りで伝えておくわねえ」


「お願いしまーす」


 聞こえてる、という確認も兼ねて返事する。書類でくれればいいのに、と思ったんだけど多分今朝がたに届いた最新情報とかなんだろうな。


「現在、ドラゴンは竜の森の際まで出てきてるみたい。大型の肉食獣や魔物が森のそばにあるディフェ村の家畜を襲ってるから、初心者から中堅のパーティはその討伐と村の防衛に駆り出されてる」


「村人は?」


 そう聞き返したのは三人組の一人。確か魔術師の心得があるとか何とかで、まあまあ頭を働かせるタイプではある。他の二人、剣士と拳士に比べれば、だけどな。


「無事だった家畜を連れて、既に避難済みとのこと。一度泥棒が出たけど袋叩きにされたから、みなさんも気をつけて」


『しねえよ!』


「しませんよ!」


 グレッグくんの注意に、リュント以外全員で即座に返事する。たまにいるんだけどね、そういう馬鹿な奴。もしバレたら速攻でギルド追放、あと街の衛兵に突き出されるんだけどね。


「泥棒が出たら、殴ればいいんですか?」


 で、リュントは自分がそういうことをやるなんて全く考えてないもんだから、出てくるのがこういう答えになる。俺は彼女の暴走を止めるために、ほどほどに答えてやる。


「死なない程度にな。それと、建物や荷物に被害が出ないように」


「分かりました」


 わあ、と声にならない声を上げて目の前の三人組が震え上がった。うんまあ、君らリュントにふっ飛ばされたもんなあ。あんな感じで制裁を受ける犯罪者のことは……ま、気にしちゃいかんと思うよ。悪いもんは悪い。


「……あ。ディフェ村なら野生のケラックの木が何本か生えてるから、あの上にぶら下げるって方法もあるよな」


「ああ、この嬢ちゃんなら引っ掛けられるか」


「ひょい、と引っ掛けてエール、どうですかって感じ?」


 魔術師が、どうやら行き先の村に行ったことあるらしくてそんな事を言ってきた。拳士がうんうんと頷くのはわかるけど剣士、もしかしてそれはリュントの真似か。


「そういう方法もありましたか。心に留めておきます」


「あるけど程々にな、リュント。あの高さから落ちたら無事じゃすまねえんだから」


 そして、新たな手段を見出して目をキラキラとさせているリュントに一応言っておこう。ドラゴンであるリュントは、ケラックの木の最上部から落っこちても平気だろうけれどな。


「でまあ、うちらのお仕事はディフェ村まで食料や武器を運ぶこと。それから情報を集めて、持って帰ること」


 グレッグくんの声量が大きくなったのは、こっちで勝手に盛り上がってたからだな。ごめん、説明されてる最中だった。


「ヒムロ伯爵領の冒険者とは、合流しないんすか」


 そう尋ねた拳士に、グレッグくんは「そういう依頼は来てないからね」とさっくり言ってきた。

 それぞれの冒険者ギルドは、設置されてる領地内の依頼を受ける。隣の領地で起きてることはそっちからの依頼がない限り、手出しは無用。

 俺たちが所属してるのはサラップ伯爵領のギルドで、ドラゴンが暴れてるのはヒムロ伯爵領だもんな。


「例えば、お届け先でドラゴンに強襲されたとかの緊急事態でもない限り、手出しは越権行為だよ」


「だよなあ。『太陽の剣』は、ギルド間できっちり話つけた上で呼ばれたわけだし」


 要は自分の領域に手出しすんじゃねえ、ということ。コルトたちみたいに話がついてるならともかく、勝手に手出しすればギルドは愚か、うっかりすると領主同士の問題に発展することもある、らしい。


「そういえば、連中どうしてんだ? ドラゴン退治の本命だろ?」


 剣士がふと、首を傾げた。

 ああそうだ、『竜殺し』コルトを中心とする『太陽の剣』は、その実績を買われて今回のドラゴン討伐に呼ばれたわけだ。あいつら、ヒムロ伯爵領でどうしてるんだろうなあ。

 で、その質問に対する答えだが。


「それがねえ。あちらに着いてまもなく、ドラゴンが暴れたそうでね。その現場を見て、そのまま森の中ですってよ。三日ほどになるかしら」


『は?』


 いやいやいや。

 『暴君』のときでも、もうちょっと慎重に行っただろうがよ。囮の俺がいなくても倒せる、と踏んで突入したのかね。あいつら。

 まあ、ドラゴンのサイズにもよるんだけど。リュントは今、人間サイズのドラゴンなので……『太陽の剣』が本気でかかってきたら、ちょっとまずいだろうとは思う。


「ドラゴンが暴れた現場なら、歯型や爪痕があるだろうし。それで多分、個体のサイズを把握したんだろうな」


「んでそのまま突入したってこたあ、今回のドラゴンはそんなに大きくない、ってことか?」


「多分な」


 目の前にいる三人組は、かのドラゴンがどのくらいのサイズかを考えている。そうそう、そいつを直に見なくても大きさを判断できる証拠は残っていたはずだ。

 それでコルトたちは、準備がなくても倒せると踏んで、突入した。


「『暴君』は首を伸ばすと、ケラックの木と同じくらいまでありましたから……それと比較して小さい、と判断した可能性があります」


 俺は『暴君』を直接見たことがあるから、そう口を出す。いや、いくら何でもアレと比べて小さいから大丈夫、ってのは早計だと思うぞ。


「……人サイズのドラゴンだって、戦闘力は洒落にならないわよ? 暴走してるなら、余計にね」


「戦ったことが、あるんですか?」


 グレッグくんの言葉に、思わず問うてみる。人サイズのドラゴンなら今目の前に一人いるしその戦闘力はまあ知ってるけど、彼女がそうだってことをグレッグくんは知らない、はずだ。


「ぶつかったことはないねえ。でもね、知ってる?」


 ちら、と一瞬だけ視線がリュントに向いたような気がしたけれど、気のせいかな。


「ドラゴンの中には稀に、人の姿を取って人の中で暮らす者もいるのよ。ギルマスの知り合いに一人、そういうのがいるんだ」


 ふふん、と笑ったグレッグくんは、あくまでもこちらを見ることはない。まっすぐ前を、向いていた。

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