22.狼がやってきた

「おや」


「あ」


 もう少しで到着するかな、と思った頃になってグレッグくんと、そしてリュントが小さな声を上げた。

 まあ、俺たちも魔物の気配は感じてたけどね。近づいてくるから、これは対処しなきゃならないだろう。


「魔物ですね」


「だねえ。グラスウルフ一群れ、十五体かな」


 ああ、グラスウルフだったか。

 馬より少し小さめの狼で、母親を頂点に家族で群れを作って生きている魔物。草原が主な生息地で、基本的には草食の獣食って生活してるはず。

 なんだけど、人里近くに出てくるのは問題である。何しろ、サイズの関係で人間、特に子供も獲物の範疇に入るから。

 当然というか、冒険者への依頼は時々ある。『太陽の剣』も二、三回受けたんじゃなかったかな? 暇だから、つって俺に盾二つ持たせて囮にしてくれたけども。


「エールはここにいてください。皆さん、行きますよ」


『は、はいっ!』


 でまあ、役に立たない俺はともかくリュントはものすごくやる気、らしい。ちょうど馬車が停止したので、三人組に声をかけて……というか引き連れて馬車を飛び降りた。

 俺はこういう場合、馬車の中にいてうっかり入ってくるやつを追い払うのが仕事だ。長剣は一応使えるし……と思ってあれ、と外を伺う。


「……ん」


 馬車の後ろを、半円状に取り囲んでいるのは間違いなくグラスウルフ。ただ、どうも気配がおかしい。

 具体的に言うと、視線が人間に向いている。主に、外に出たリュントと三人組に。

 あ、こりゃあれだ。やべえ。


「魔術師は防御魔術かけて! こいつら『人喰い』だ!」


「っ、守れ守れ友の全て!」


 とっさに上げた声に、魔術師が反応して防御魔術を展開してくれた。他の三人はすぐに構えて、狼たちとにらみ合う。

 『人喰い』。つまるところ、既に人間を食ったことのある群れだ。まだ人の味を知らない群れと違い、人間を明確に獲物として狙ってくる。

 こいつらは優先的に討伐されるものと決まっていて、証拠をギルドに持ち込めば報奨金が出る。その代わり手強い相手であることもあり、駆け出しの冒険者は会ったらなんとかして逃げろ、とまで言われているんだよね。


「どこで食べちゃったのかしらねえ」


「親からはぐれた子供とか、商人の荷馬車とか、いろいろあると思いますよ」


「それもそうね。ほらあんたたち、いざとなったら街まで走るのよ」


 あんたたち。つまりは馬車を引いている馬なんだが、グラスウルフの襲撃にもパニックにはならない。たしかこの馬たちは魔物の一種で、グレッグくんが育てた子供のようなもんだって聞いたことがある。金のある商人とかも、魔物の馬を使うんだよね。こういうときのために。

 さて、俺は戦闘の役には立たないのでひとまず、馬車の中から狼たちの様子を確認する。数はグレッグくんの言った通り十五体、うち身体の大きいのが二体。多分、その片方の耳に切れ目のあるグレーの個体がボス、母親だ。


「多分グレーの耳切れてるのがボス。行けるか?」


「もちろんです、エール。では、参ります」


 軽く声をかけると、リュントは一瞬拳を握ってから走り出した。その後を剣士、ついで拳士が追いかける。……あとで名前聞いとこ、前が前なんでうっかり聞いてないや。


「あーくそ、姐さんに後れを取るなよ!」


「分かってる!」


「姐さんは俺が守るうううう! 痺れろ痺れろ、雷の針!」


「ってお前ら! いつの間に、リュントが姐さんになった!」


 何だおい、防御の次に敵に向けて麻痺術ぶっ放した魔術師まで込みで。……以前のふっ飛ばしの影響かな?

 あーうんまあ、まず飛びかかってくる小柄……いや大きいけど、な個体をリュント含めて三人の連携でてきぱきと倒していってるからいいか。


「よくわかりませんが、とにかく倒します! そちらの小さいのをお願いしますね!」


 一体を切り裂き、長い脚で別の一体を蹴り飛ばしながら次に飛びかかるリュント、これがドラゴン形態だと噛みついて蹴ってあとしっぽアタックとかやるのかな。


「お任せください、姐さん!」


 拳士が両の拳を組み合わせ、飛びかかってきた一体の腹をぶち抜いた。いやほんと、背中に拳が突き出てるもん。後で拭き取る用の雑巾準備しとかないとな。水は……小さい川が道の横走ってるから、そこで汲むか。飲料水は減らしたくねえし。


「おうでかいの、おまえ長男か長女か? ま、どっちでもいいけどよ!」


 そうして剣士の方は、魔術師の援護を受けながら大きいうちのもう一体、ちょっと赤っぽい毛並みの個体に切りかかっていく。多分長女だね、あれ。ボスが死んだら次のボスが内定してるやつ。女系らしいんだよな、グラスウルフ。


「があああああっ!」


「おうりゃ!」


 吠えた長女の口を狙って、剣士の刃が一閃。がきりと音がしたのは、うまく噛んで止めたんだろうな。ただ。


「高まれ高まれ、友の力!」


「おおおおお!」


 魔術で筋力が増強されて、ぎりりりりと剣が進む。ややあって振り抜けた剣から、長女の上顎より上の部分が飛んで落ちた。


「ぎゃいいいいん!」


「あなたのお相手は、私ですよ?」


 後継者の最期を見て怒り狂ったらしいボスだけど、その背にひょいとリュントが乗る。首筋を空いた手でしっかり捕まえて、にっこりと普段どおりの笑顔ってのがめっちゃ怖い。

 ……ま、人型してるけどドラゴンだからなあ……慣れた自分が怖いなあ、俺。


「人里に対して、無駄に被害を出すようなことは許されません。ね?」


 そのまま、ボスの首に剣をまっすぐに突き通す。ドラゴンの爪だってリュントは言っていたけど、だからかストンと何の抵抗もなく通った。


「姐さんがボス取った! 残りは俺たちが!」


「怪我しないように、気をつけるんですよー」


 どさり、と倒れるボスの身体から飛び離れるリュントを一瞬だけ見て、三人組も更に元気よく他の狼たちに向かっていく。呑気なグレッグくんの声が、今の状況をはっきりと示していた。

 ボスが殺られたところで、子どもたちだからか結構ビビってるみたいだな。中にはムキになってかかってくるやつもいるようだけど、でもリュントの敵じゃないし。


「エールくん、後始末の準備お願いね?」


「耳回収して、死骸の処理ですね。了解ですー」


 戦闘の役に立たない俺は、グラスウルフ討伐の証拠である耳の確保とそれ以外の死骸を収納するお仕事に従事する。やれやれ、頑張ろう。

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