74.飲ませた
『邪魔ダ、じゃマダ邪魔だジャ魔だ! 結界、魔術、邪魔すギルううううう!』
ごう、と吐き出される闇のブレス。それを、アナンダさんの水の防御がやすやすと押し戻す。そりゃまあ、『暴君』も吠えるよなあ。
まだ浮き上がれない状態だから、今のうちに叩き潰すのが一番だろう。もちろん、リュントもナジャちゃんも連続で攻撃を叩きつけている。
「当たり前じゃない。アンタの邪魔してるんだから」
水の防御の上に、さらに光の魔術を重ねながらグレッグくんが薄ら笑いを浮かべてる。
「人がつけた『暴君』の名、これほど貴様にふさわしい名もなかろうな」
アナンダさんは冷静なままで、更に水の突起みたいなものを地面から生やした。がり、ごりっと固いものを削る音がする……『暴君』の外皮、鱗を削ってるのか。氷じゃなくて、水で。
「ほおおおお、あちょちょちょちょちょいいいい!」
ナジャちゃんは頭突き、牙、爪で連続アタック。
「きゅあああああああ!」
リュントは両手の爪を何度も突き立てる。
……加えられている攻撃は、全部が一箇所に集中している。『暴君』の首、リュントたちが最初からずっと攻撃しているその部分に。
だんだん裂けてきているのが、分かる。真っ黒なんだけど、裂けても真っ黒の肉が見えるだけなんだけど、質感が違うから。
てかてかと金属っぽい光沢が見える表皮と、ぬめぬめと湿り気のある肉と、さすがに俺でも見分けがつく。グレッグくんの光のおかげだけどな。
ただ、そのおかげ、というよりそのせいで、やつのしっぽにまで意識が向いていなかった。
『貴サマが、一番じゃマダ! 白の小娘エッ!!』
「ぎゃっ!」
思いっきり『暴君』がぶん回した長い尻尾が、真上からリュントの背中にまともに叩きつけられた。勢い、彼女も『暴君』同様に地面に激突する。
「リュント!」
思わず名を呼んだけど、白銀のドラゴンはぴくりとも動かない。いや、大丈夫だ生きてる。理由はないけど、きっと生きてる。
その俺の目の前で『暴君』が、ぐわりと口を開いた。こいつめ、リュントを食う気か!
「させないわぁ!」
グレッグくんが、即座に光のブレスを全力で吐き出した。ご、と重いものがぶつかる音がして、『暴君』の身体が少し向こうに押し出される。……物理的に重量があるのか? あのブレス。
いや、それどころじゃない。リュントのところに、行かなくちゃ。
「俺が護衛する。行くぞ」
アナンダさんがしゅるり、と青い身体を伸ばした。俺の周囲を包むように、淡い光の通路を作ってくれる。
「はい! モモ、お前も頼む!」
「みゃい!」
モモはちょっと前から俺の頭の上に移動していて、俺の両手は空いている。そのままの体勢で俺は、リュントに向かって駆け出した。グレッグくんと『暴君』、ふたつのブレスがぶつかる横を、何とか通り抜ける。
「リュントさんには、近づけないですからねー!」
暴風やブレスの飛沫を、ナジャちゃんがばしばしはねのけている。ついでに『暴君』目掛けて打ち返しているのはうまくやってるな、と感心した。もちろん、足は止めないけどさ。
「リュント、無事か!」
「……」
どうにかたどり着いたけど、白い大きなトカゲの身体はくったりとしたままだ。でもちゃんと息はしてるから、大丈夫。
ポーションを、一瓶だけ取り出して栓を開けた。掛けるだけでも、効果はある。
「モモ、警戒頼む」
「みゅ!」
頭の上のモモに全部任せることにして、俺はポーションをばしゃばしゃとふりかけた。ふわ、と淡い光を放って、ポーショナ草から精製された回復のエキスがドラゴンの身体に染み渡っていく。
「一本で駄目なら、まだまだあるぞ。リュント」
「……………………きゅ」
二本目を開けようとしたところで、かすかな声が聞こえた。良かった、気づいたな。
「飲めるか、リュント」
「きゅい、きゅい」
こく、と小さく頷くリュント。言葉がどうとかは割とどうでもいいので、リュントの首を抱えあげて栓を抜いた二本目を口元にあてがう。
「ゆっくりでいい」
「きゅ。んく、んく」
よしよし、ちゃんと飲めて偉いぞ。
……初めて会ったときのことを、思い出した。あの頃のリュントはほんと、手に乗るくらいに小さくて、それが干からびてて。
俺は手のひらに水をくんで、こんな感じで飲ませたんだっけな。大きくなったなあ、リュント。
「……おいしいです、えーる」
あのときも、言葉がしゃべれたらリュントは、こんな風に言ってくれたのかもしれないな。
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