75.届いた
俺の腕の中から、ゆっくりとリュントが立ち上がる。ふうと息を吐いて、ぱたんとしっぽで地面を打って。
「いき、ます」
「無理すんなよ、と言いたいとこだけどそうもいかないんだな?」
ここで彼女を止めることはしない。ドラゴンがひとり減ったら、それだけ『暴君』に勝てる確率は低くなるから。
「はい。『暴君』は、わたしを、一番邪魔だと言いました」
「だよな……そういうことか」
そう。さっき『暴君』は、リュントが一番邪魔だといって攻撃してきた。あいつにとって、リュントはいてほしくないわけだ。
「一番邪魔ってことは、あいつにとってお前は一番の強敵」
「みゃい」
モモが鳴く。ピンクの光が防御魔術となり、俺とリュントをきっちり守ってくれた。『暴君』とガチバトル中の、ナジャちゃんの攻撃の余波から。
と、あまり時間を使ってられないな。収納スキルからポーションを掴んで取り出す。マジックバッグの小さいやつも取り出して、そこに突っ込んでリュントの腰にベルトで止める。
「ポーション念のため二本、マジックポーションも持っとけ」
「ありがとうございます」
「グレッグくん瓶ごと食ってたけど、どうなの?」
「やろうと思えば。まあ、掛けるだけで効果はありますし」
「そだな」
うん、さすがにうちのこに瓶ごとぱっくんはだめです。俺はやらせない。砕いて中身を浴びるだけにしておいてください、はい。
簡単に準備を終わらせると、それを待っていたようにアナンダさんがちらりとこちらに視線を向けた。
「行けるか」
「行きます」
「承知。モモは引き続き、エールの護衛を」
「みゅい!」
短い言葉で、会話は終わる。俺は頭の上にモモをのせたまま、ゆっくりと後ろに下がった。例によって、俺は戦闘の役には立たないので邪魔をするわけにも行かないしな。
「グレッグ!」
「分かってるわよお」
アナンダさんに名前を呼ばれて、グレッグくんの全身がきらきらと光る。もともと金色だから目立つというか、眩しい。
その光に照らされて、『暴君』の全身が分かりやすく夜の闇に浮かび上がった。まだ、浮上できないでいるようだ。図体もでかいんだけど、首元の傷がかなり大きくなっている。こちらのドラゴンたちの執拗な集中攻撃が、うまく効いているようだ。
「みっなさーん! 早くこないと、わたしが首取っちゃいますよー!」
まだまだ攻撃を続けているナジャちゃん、元気だけどだいぶ傷ついてる。ポーションは充分あるから、下がってきてくれればやることはできるけど。
『フ、ザケる、なああああァあ!』
「うひょお!」
ブレスの威力は、落ちてない。ただ、発射までに微妙に時間がかかるらしくナジャちゃんはそれを読み切って避けてるって感じだな。
今のうちに、何とかできれば。
「リュントちゃん、行くわよん」
「はい。エール、行ってきます」
その何とか、であろうグレッグくんとリュントは、こちらに顔を向けた。ドラゴンの顔だけど、笑っているのは分かるから。
「おう、行って来い」
それだけを言って、送り出した。白と金の光が、夜の闇を駆ける。追いかけるように、青い光も。こちらはアナンダさんだね。
『ふざけるナ! きサまら、ナぞに、このおレガああああ!』
浮き上がれない分、『暴君』は攻撃に集中することにしたようだ。ブレスが連続で放たれて来るのを、ドラゴンたちは器用にかわしていく。
当たったら洒落にならないダメージなんだろうけれど、かなり大雑把なんだよな。向こうとこっちのサイズ差がかなりあって、多分『暴君』はこちらに照準合わせにくいんだと思う。
「倒せるぞ!」
その間をかいくぐってアナンダさんが放つ水のブレスが、傷口をえぐる。
「当然じゃない?」
グレッグくんが撃ち出す光の槍が、漆黒の表皮を切り裂いていく。
「わたしたち、あなたを倒しに来てるんですからねええええ!」
『ぎゃっ!?』
すい、と顎の下に滑り込んだナジャちゃんの全力のアッパーが、『暴君』の上半身を一瞬だけふわりと浮かび上がらせて。
「エールと、エールの家族と、エールの故郷のために、あなたを、倒します!」
リュントが長く伸ばした両手の爪が、その大きな傷の中に、ぞぶりと突き立てられた。
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