44.甘いやつだった
「ご無事ですか? エール」
顔のすぐ側で、リュントの声が聞こえた。
あーうん、ふっ飛ばされた俺はしっかり彼女に受け止められていたらしい。というかお姫様抱っこされてるようだな、こりゃ。
「リュント? わ、悪い、大丈夫そうだ」
「それは良かったです」
お前さんに受け止めてもらったおかげで、打撲とかもなく元気なものである。それを伝えるとほわん、とトカゲの時と同じ無邪気な笑みを見せてくれた。
で、その場に下ろしてくれる。気づいたけど、ここ川岸だ。ちょっと上の方に俺はいたはずだから、そこからふっ飛ばされたんだな。
見上げるようにそそり立つ、ゴブリンコロニーを取り囲む土壁。その全体には大小様々なヒビが入っていて、その向こう側に泥水の色のナーガがぬうと伸びて、こちらを睨みつけている。
「さて。ナーガごときが、私のエールに何をするんですか。この無礼者」
っておい、リュントは何煽ってるんだ。
いやまあ、ごときや無礼者は分からんでもない。ナーガはドラゴンの亜種で、リュントはちゃんとドラゴンだからな。竜の森のそばに暮らしていた俺たちの認識では、ドラゴンは魔物の頂点に君臨する存在でナーガはその下、強い魔物といった感じであるからして。
けどわたしのえーるって何だ。親子みたいなもんだろう、俺とお前は。
『ダマレ』
と、ふっ飛ばされる直前に聞こえた声が、また聞こえた。そうか、これナーガの声か。
しゃべれるんだ、と思ったんだけどリュントもしゃべれるからなあ。三年前は会話できなかったけど、再会した直後にドラゴン形態になったときはちゃんと俺にも理解できる言葉を話してたし。
「うわ、ナーガしゃべれるん?」
「そのようだな」
「おっさんくさい声ー」
『緑の槍』各位、それぞれ呑気に話してはいるんだけどその実、全員の足元にゴブリンの骸が転がっている。俺と違ってちゃんと戦える人たちだから、本来の任務であるゴブリン掃討をやってのけたんだろう。ただ、ボスが生えただけで。
「ナーガ。何か言い分があるのであれば、お伺いしますが」
『ワレ コソハ コノカワノ アルジ。ミズ ノ チカラヲ ツカサドルなーが』
一方リュントはのんびりと尋ねている。口元の牙が少し伸びてる気がするのは、俺の気のせいか。
少なくとも、何か偉そうに言葉を紡ぐナーガに良い感情を持ってないのは分かるけどさ。
「そんな偉いもんか? 知ってるドラゴン、もっと強いで」
「『暴君』や先日リュントさんに倒されたドラゴンも、多分あなたより強いですよね」
「それで水の力を司る、とは片腹痛い」
「まあ、ナーガが使える水の力って割と知れたもんだけどな」
セリカ、スイナ、ヴィラの順番に煽る方針で行くようなので、ついでに俺も便乗してみる。
ナーガは水竜と呼ばれるけれど、あくまでもドラゴンの亜種であってそこまで強力な魔物ではない。いや、比較対象がドラゴンなだけで十分強いんだけどね。
水の力は使えるだけで、住んでる川を支配してるとかそういうことはない。ドラゴンだって森とかに住んでるけど、基本的に森の全てを支配しているわけではないし。そういう行動に走るのは、暴走した奴らだけである。
『ダマレ。ワレ ハ コノチカラト イケニエヲ モッテどらごんト ナル』
だから、ナーガの主張は暴走したドラゴンに似たものなのかもしれない。その言葉を受けて、俺はそう考えた。
「ドラゴンと、成る?」
「できるの?」
訝しげに槍を構え直すヴィラと、首を傾げたスイナ。「何やそれ」と露骨に不機嫌になったセリカ、彼女たちの反応にどうやら、森の外ではほぼ知られていない情報を俺たちが持っていると分かった。
亜種ドラゴンは、稀に真のドラゴンへと『成る』、進化することができる。ほんっとーに、まれに。
「そういう言い伝えは聞いたことあるな。な、リュント」
「そうですね。可能性はものすごく低いですが、稀に成る者があるとは伺っております」
竜の森そばで生まれた俺と、似たようなもんであるリュントが言ったことでこの情報は彼女たちにも共有される。というか、ドラゴン側でも認識はされてる、よな。そりゃそうだ、もしかしたら当事者がいるわけで。
「あと、言い伝えを信じるのであればあの程度の実力とゴブリン程度の生贄では無理です。ナーガとしても若いですし」
そうしてリュントがぶっちゃけた事実は、さすがに俺も知らなかった。
ああそっか、若造がほいほいドラゴンになれるわけがねえやな。それなら、もっとドラゴンの個体数は多いはずだしあちこちで見られるはずだもんな。俺だってリュント、『暴君』、こないだの『暴君』と都合三体しか見てないし。
『ヌカセ。ヒト ノ ブンザイ デ』
「ん」
さらに、ナーガのその一言で俺は、こいつ駄目じゃんとか思った。
こいつ、リュントを人だと言った。ドラゴンの気配を消しているのかも知れないけれど、それでも少しは気づくだろ。
もしかして、人の姿をしたドラゴンは見分けにくいのかも知れないけれど、でもそれならリュントや俺がドラゴンの革の鎧を着ているのだからそっちで警戒しろ、とか思うんだけど。
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