45.煽れば乗った

「あんた、人舐めとんかいな」


 セリカの声が、不意に低くなった。ああ、これは静かに怒ってるな。

 声の高さもそうだけれど、魔力がじんわりと集まっているのが何となく分かる。わからないときはさっぱりなんだけど、魔力量が妙に多いときとか急激に触れるときは感じるんだよなあ。


「うちは土魔術得意やけど、それ以外もできないわけやないんやで。あんたの苦手な奴とかな」


『ダマレ。ワレガどらごんト ナルタメノ イケニエ ガ』


 フィイイイイ、という高い音とともに細い水の槍が俺たちに向けて放たれる。食らったら洒落にならないけれど、俺たちに触れる前にそれはばきんと弾かれた。セリカの魔術防壁が、えらく強くなったみたいだな。

 これがナーガの全力かどうかは分からないけれど、少なくとも今の攻撃はセリカの魔術だけで防げる。リュントやヴィラが本気で向かったら、結構簡単に決着はつくんじゃないだろうか。


「相手の力量も推し量れないのに、ドラゴンに成ろうとは浅はかな」


「生まれながらのドラゴンと違って、別種なんだから進化するためにはもっと頑張るべきだったよねえ」


 ヴィラが槍を構え、スイナが剣を構えながら分かりやすくナーガを煽る。上位のドラゴンとかであればこれで怒るとは思えないけれど、相手はあのナーガだしなあ。


『フザケルナ! キサマラ ニンゲン ゴトキニ ワレガ!』


 うん、さくっと乗っかりやがった。ここできっちりスルーできるかどうかが、運命の分かれ目だったのだけれど。


「貫け貫け、我が敵を!」


「フィイイイッ!」


 隙がありすぎるナーガに対し、セリカが撃ち込んだのは雷魔術。純水であればさほど効果のないそれが、泥水でできているようなナーガにはこうまともにダメージが入ったらしい。どたんばたんとのたうち回るその身体から、泥水がはねて周囲の地面に染み込んでいく。


「参ります!」


「行くぞ、ナーガ」


 リュントとヴィラが、ほぼ同時に地面を蹴った。ヴィラの手槍二本とリュントの剣、爪がナーガの胴体を薙ぎ払うのも見事に同じタイミングで。


『ふぃいいいいいい! オノレ! オノレ、ヒトガ ワレニ カナウトデモ!』


「敵うんだよねえ、これが!」


 ぶうんと振られた長い尾の先端をひょいとかわし、スイナが剣を振るう。彼女が狙うのは尾ではなく、足元をざかざかとよじ登ってくるゴブリンたち。炎が収まったから脱出がてら、こっちに攻撃を仕掛けてきてるんだが。


「ゴブリンは邪魔っ! ほら、どけどけどけええ!」


「ぎゃあああああ!」


 あーうん、ほんとに邪魔でしかない。本来の敵なんだけどごめんな、と謝るのも何かおかしいよな。


「セリカ、マジックポーション!」


「おおきに!」


 収納スキルから引っ張り出したマジックポーションを、セリカに投げる。彼女の防御魔術がゴブリンの攻撃も、ナーガの攻撃もほぼ無効化してしまってる……あれ、そんなに強かったっけセリカ? ま、いいか。


「あと、お前らさすがに邪魔だ!」


 で、俺も短剣……『暴君』の爪を使って作ってもらった、本当に小さな短剣で応戦する。小さくてもドラゴンの爪は強力で、ゴブリンの胴に深々と突き刺さる。そのまま横に振るえば、力を失った魔物の骸は放り出されて元の仲間にぶつかった。


「貫けえっ!」


「ふぃあっ!」


 あ、ヴィラの槍がナーガの片目にうまく入った。血、ではなくやはり泥水をぶちまけながら水竜は、くわりと大口を開ける。多分、水流の噴射だ。


「きゅいっ!」


 けど、それを見逃すリュントじゃない。口の中に溜まった水ごと、剣で刺し貫く。

 ……ドラゴンはちゃんとした実体があるんだけど、ナーガは中途半端に水なんだよな。だから、目を刺されても口を貫かれてもまだ、動ける。

 首を落とせばさすがに、動かなくなるとは聞いているから。


「ヴィラ! スイナ!」


 ここは、『緑の槍』に任せたほうがいいと俺は思った。だから呼んだ二人の名前に、当人たちは即反応して突っ込んでいった。


「参る!」


「はああああっ!」


 ヴィラが一本に持ち直した槍が右から。

 スイナの剣が左から。


「フォオオオオオ!」


 ナーガの泥水色の首を挟み込んで、ずぶずぶとめり込んで。


『バカナ! ワレガ! アアアアアアアアア!』


 叫びを上げるその首をぶつり、と断ち切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る