03.気が付いた

「え、えーと?」


 俺の名前を知ってる、ってことは少なくとも一度は会ったことがある、んだろう。

 ただ俺は、こんなきれいな人に会ったら絶対覚えてるはずだ。村でもそれなりに可愛い子はいたし、村を出てから美人の冒険者にも何人か会ったことはあるけれど大体覚えてる。あの人たち、今どうしてるかな。

 白銀の髪、ちょっとつりぎみの赤い目、髪とよく似た色の竜の革鎧。その腰には長剣が下がっているので、細身だけど剣士なのかな。そういうひとに、覚えはない。

 でも、なんとなく見覚えがある気がする。気がするだけかもしれないが……どこでだ?


「やっとクソ下らない魔術契約から解放されたようでしたし、私の方もどうにか形が整いましたので、お側に参りました。エール」


「……あ、うん。助けてくれてありがとう」


 いやまあ、たしかにそうだけど。って、クソ下らないって微妙に言葉遣いが変?

 てか、コルトの契約のことを知ってた、というか気づいてたって、一体。


「あのさ。助けてくれたのはありがたいんだけど、君、誰? どこかで会ったことある?」


「え?」


 とりあえず、本人に聞くのが一番だと思って尋ねたら……多分彼女、は一瞬だけ目を見開いて、それからほんわりと笑った。

 えーあーうん、何というかその目、見たことある気がしなくもないんだけど。どこでだろ?


「……ああ、そうですね。私が、この姿であなたの前に現れるのは初めてです。三年前は、まだ人の姿になれませんでしたから」


「おい、よくもやりやがったな!」


「いってえな……くそ!」


 その彼女の向こう側で、わかりやすいチンピラ風の罵声。さっきの連中、特にふっ飛ばされたやつがどうにか立ち直ってきたらしい。

 え、どうするかと考えるより先に「エール」と名前を呼ばれた。


「お話は、邪魔者を片付けたあとにしましょうか。その方が、落ち着いて説明できそうですし」


 そう言って彼女は、俺に背を向ける。その顔を見たのか、周囲にいる連中の表情が何やら引きつった。

 おい、今どんな顔してんだよ。俺に見せない方がいい顔なんだろうか。美人さんなのに。

 それと三年前って、村で会ったってことかな。確実に村人ではないし、冒険者とかでもない、はずだ。


「そういうことですので、お邪魔なあなた方は消えてください。できれば、物理的に」


「なんだと? 小娘が」


 連中が小娘、と呼んだってことはやっぱり女性でいいらしい。

 それはともかく、幾分低くなった声でドス利かせて物理的に消えろとか言うのはやめてほしいんだよな。一応、街中だし。


「いやいやいやいや。物理的に消すの、やめたほうがいいぞ? 街中だから、衛兵とか来ると相手するの面倒だろ」


 なのでつい突っ込んだ、俺の気持ちを誰か分かれ。何というか彼女、本気でぷちっとやりかねない気がしたんだよ。

 よくわからないけれど、そうできそうな感じなんだ。彼女。


「エールがそういうのであれば、やめます。視界から消すだけにしますね」


「ほ、ほどほどにな」


 俺の言葉には素直に従ってくれて、肩越しに振り返ってにっこり笑った顔はやっぱりとっても綺麗だった。声もころっと戻ってるし。

 でもマジで、なんか見覚えあるんだよなあ。なんというか、いたずらっ子のような、その目。


「……って、んだこら! てめーら、こっちの話も聞け!」


「嫌です」


 あーうん、ごめん君たち。どうせ俺を奴隷扱いだの、彼女はパーティに入れて以下略だの言ってたんだろうから、全力で聞き流してた。あと、彼女はバッサリと一言で切って捨ててるし。


「優しいエールに、感謝してくださいね? では、さようなら」


 ぽんぽん、と彼女が手をたたく。その瞬間、吹っ飛んで遠くに倒れていた奴も含めて俺を笑っていた全員がふわりと、人の肩の高さくらいまで浮かんだ。

 そうして、びゅんと音を立てて路地の向こうまでふっ飛ばされていく。うん、まあ確かに視界からは消えたな。

 ただ、それよりも俺の目を引いたものがある。彼女のお尻……というか、そこから生えた、白銀のしっぽ。鎧の腰パーツの下からしゅるりと伸びているそれは鳥や獣ではなく、まるでトカゲやドラゴンの、ような。


「終わりましたよ。エール」


 その持ち主はくるりと振り返り、俺に手を差し出してきた。握らせてもらった手は柔らかくて、冒険者というよりはお姫様とか、貴族令嬢とかそういう感じの小さなもの。……あと胸大きかった。間違いなく女性。

 俺よりも、頭半分くらい背の高い彼女。白銀の髪としっぽ、赤い目。

 三年前には会っている。その時は人の姿じゃなかった。


「もしかして、リュント?」


「はい!」


 名を呼んだら、大きく頷いた。そうして、思いっきり俺を抱きしめてくる。うにゅ、革鎧の上からでもこう柔らかさははっきりとわかった。


「やっと、名前を呼んでもらえました!」


 どうやらあのちっこいトカゲ、だったらしい彼女はとっても嬉しそうに笑って、すりすりと俺の頬に自分のそれを擦り寄せる。この感覚は間違いなく、あのリュントのものだ。

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