04.確認した

「いや、そのさ。しっぽ」


「え? ……きゅあっ」


 さっきまでなかったよなあ、と考えつつ俺が指摘すると、リュントは小さく悲鳴を上げた。と同時にしゅるん、としっぽが引っ込む。やっぱり、なにかの衝撃なり何なりで出てくるもんのようだ。

 それにしても今の鳴き声、間違いなくトカゲのリュントだった。……いや、マジでドラゴンだったらしい。さすがに、普通のトカゲは人の姿にはなれないもんな。かといって、ドラゴンがなれるっていうのも昔話で聞いた程度だ。


「みみみ見ました?」


「もちろん。……ていうか、それでリュントだって思った」


「きゃう」


 今更隠すつもりもないので素直にそう答えたら、リュントの顔が赤くなった。もとが白銀のせいか肌が白いリュント、本気でまっかっかである。


「……そそそそうだ。エール、元の姿もちゃんと大きくなったんですよ。もうトカゲとは言わせません!」


 その顔のままで、気を取り直したようにエールはふんと胸を張る。いや、おおきいから。そうじゃなくって。


「あ、そうなんだ。三年で、どこまで大きくなったの?」


「人と同じくらいです。今お見せしますねっ」


「こら、ここではやめとけ」


 それでつい尋ねた俺も俺なんだろうが、即座にドラゴンに戻ろうとしたリュントもリュントである。急いで止めると、「どうしてですか?」と頬を膨らませた。いや、さすがに冒険者三名ほど吹っ飛んだせいか、人がこっち見てるし。

 ……冒険者ギルドのある領都なので、冒険者どうしの小競り合いはたまに起きる。そういうもんだと思ってる住民の皆さんは、あーまたかとスルーしてくれることが多い。あまりひどくなると衛兵呼ばれて、詰め所で絞られることになるけどな。

 それはともかく。人通りが回復してきた道の真ん中で俺は、声を潜めてリュントに告げた。


「ドラゴンの方ではどうだか知らないけど、少なくともドラゴンが人間の姿になるって話は俺、村出てから三年間一度も聞いたことがないんだ。もしリュントの身に何かあったら俺はその、困る」


「……は、はい」


 うん。

 リュントなら、俺がちゃんと言えば聞いてくれると思ったんだ。トカゲのときは少なくともそうだったから。


「で、では人目のない場所で、であればよろしいですか?」


「見せてくれるっていうんなら、その方がいいかな」


「わかりました。では、こちらへ」


 俺の言いたいことをさっくりと理解してくれて、リュントは俺の手を取って引っ張っていく。すぐ側の脇道から入って、人気のない路地裏まで。通行人はつまらなそうに、自分の行きたい方へ進み出したのでまあ、大丈夫だろう。

 このあたりは夜に開く店裏のゴミ捨て場で、今はほぼ人が来ない。店の人がゴミを捨てるのは閉店後の深夜から未明にかけてか、開店前の夕方頃。ゴミの回収人が回ってくるのはだいたい早朝で、昼間は見事に無人だ。


「ここなら大丈夫そうですね。では」


 きょろきょろと周囲を見回してから一つ頷いて、リュントの全身がふわりと淡い光に包まれた。にゅうとしっぽが伸びて、体型が変化して。


「きゅあ。これで、信じていただけますか?」


 光が収まったそこには、さっきまで立っていた人型のリュントとほぼ同じサイズの白いトカゲ、失礼、ドラゴンが二本足で立っていた。白銀の鱗に赤い目、手のひらに乗っていたあの小さなトカゲがほぼそのまま大きくなった姿で。

 ……あ、頭に角が二本生えてら。『暴君』は四本だったから個体差か、成長したら増えるのかどっちかだろうな。

 それにしても。


「……ほんとにリュントだ」


 三年経つと、こんなに大きくなるんだ。びったん、と一度だけ地面を叩いたしっぽはさっき見えていた同じものなので、魔法なり何なりで引っ込めてたんだなあと理解する。


「鳴き声もそのままだし。……大きくなったな」


「はい!」


 でも、頭なでてやると嬉しそうに目を細めるのは昔のままで、だから俺は彼女をリュントだとしっかり理解できた。

 その後すぐに、リュントは人間の姿に再び変わる。鎧はともかくとして、服装とかどうやってるんだろうな。


「……私にもよくわかりません。こういうものだと思っていましたので」


「つまり、ドラゴンが変身する場合は服装が一緒についてくるってことかな。ま、本人にわからないのに俺にわかるわけないか」


 ということらしい。もっとも、ドラゴンになったあと人型に戻ったときに全裸、とか言われるとそのなんだ、色々と困る。主に毎回着替えを準備しないといけないとか、周囲の視線とか。

 疑問といえば、まだあった。


「で、竜の森からここまでどうやって来たんだ? ドラゴンって、翼なくても飛べるってのは知ってるけど」


「人型になれるようになったのは、半年前です。そこからエールの気配を追いまして、近くの街の外まで飛んで来ました」


「直接、ここには来なかったんだ」


「魔術契約の影響は、はっきり見えました。私が近づくことで、エールの身に差し障りが出てしまっては元も子もありませんし」


 ツリ目のはずなのに、ほにゃんと目尻が下がって見える。何か、俺がドジこいたせいでリュントに迷惑かけてしまったみたいだな。

 まさか、あんな小さなトカゲがここまで大きくなって、それで人の姿になって追いかけてきてくれるなんてさ。


「その後、人の姿でそちらの街に入って、冒険者としての登録をしたんです。この方が動きやすいというのは、村や森に入る冒険者を見て知っていましたから」


 そう言いながら、彼女は胸元からギルドカードを取り出してきた。冒険者としてギルドに所属する際、発行される身分証明書。……あー、細い革紐に通して首にぶら下げてあるんですねそうですね。なくさないためにはそれが一番だと思うよ、うん。


「マジか。……あ、ほんとだ。魔法剣士なの?」


「人の姿を取れるようになってから、自分なりに適正を調べた結果ですね。ドラゴンなので、そもそも魔法はそれなりに使えますし」


「人間よりも筋力ありそうだからなあ、剣士も兼ねてると。なるほど」


 ギルドカードに記されている魔法剣士の文字と、彼女自身の説明に何となく頷く。俺のギルドカードの文字は荷運び係、泣けてくるなあ。

 てかそうか、リュントはもともとドラゴンだから人間としての身分をどうにかしないといけなかったんだ。定住してる人間じゃない場合、ギルドで冒険者登録すれば、まあまあ人の世界では生きやすくなるしな。

 てか、魔法剣士かあ……魔術師と剣士、普通はどっちつかずとか言われる職なんだけど、ドラゴンならどっちも強そうだな。

 ……待てよ。


「じゃあ、俺とリュントでパーティ組まないか? もっとも、俺はお前の荷物運びしかできないけど」


「はいもちろん」


 思いつきで提案してみたら、食い気味にOKされた。目をキラキラさせてるのは、美味い飯食わせたときのトカゲリュントと同じ表情だぞ。


「よかった。エールが冒険者として村を出ましたので、私も一緒に冒険したいと思っていたんです」


 にこ、と笑ったリュントの口元には、人の糸切り歯よりも大きい牙が見えた。

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