06.宿を取った

「良かったねえエールくん、やっと独立できて」


 手続きが終わったところで魔法プレートを脇に片付けながら、ライマさんはほっとした感じで俺にそう言ってきた。


「え」


「いや、だって。『竜殺し』の二つ名に胡座かいて横暴な態度取ってるコルトのとこで、エールくんがどれだけ苦労してたかなんてみんな知ってるし」


 ……ははは。

 まあ、俺のことをコルトの奴隷なんて言うやつもいたわけで、そこらへんはバレバレだったんだよなあ。知らぬはコルトたちばかりなり、って。あいつらは自分たちで固まってるところがあって、人の話もあまり聞かなかったりしたしな。


「けど、どれだけ独立を勧めてもそれは無理だって言ってたのにね。何かあったの?」


「エール。つまり、ギルドの方々はご存じなかったのですね」


「口止めされてたからね」


 で、ライマさんの言葉を聞いたリュントが俺に聞いてきたのは、『魔術契約書』のことだろう。だから俺も、素直に返事する。物の名前を出さなくても、彼女は理解してくれるし。

 ただ、リュントは俺とは少し思考の方向性が違う。そもそも俺は人間、リュントはドラゴンだからな。


「では、もう問題ないですね。エールは『魔術契約書』によって、『竜殺し』コルトに拘束されていたんです」


 というわけでリュントはさっくりと、俺が独立できなかった理由を口にした。笑顔だけど、微妙に青筋立ってるのが分かる。

 ……ドラゴンであるリュントがわざわざ『竜殺し』なんて単語を口にするのは、多分コルトに対していい感情を持っていないから。

 『暴君』は竜の森で暴れ、コルトに倒された。あの場にやつの同類らしき死体が転がっていたのを、俺は見ている。リュントも同類ドラゴンだからな……いくら『暴君』でも、同族殺しにいい感情は持たないだろう。


「はい?」


「うん、実はそうなんですよ。あーでも、なんでそんなもん使われたのかは俺も分かってないんで」


 ぶっちゃけてしまったもんはしょうがない、ということで俺も頷く。いやほんと、なんであんなもん使ってまで俺を三年も手元に置いてたんだろうな、コルト。

 署名した者を拘束する魔術のかかった契約書、ってだけで詳しくは知らないんだけど、どう考えても高価だろうしレアだろう。


「あ、あらまあ。そんなもん、使うヒトデナシいたんだ」


「ヒトデナシ」


 事情を知ったライマさんの口からは、なんだか冷たい口調でそんな言葉が漏れてきた。

 ……第三者から見たら、確かにそうだな。理由もわからず拘束されてたわけだし。

 つか、もしかしてライマさん、俺より『魔術契約書』について詳しいかもしれないな。


「んまあ、事情は了解した。ギルドマスターに、その旨報告しとくね」


「報告いるんですか、アレ」


「いるのよ。使われてたなら分かると思うけど、いいもんじゃないから。そもそも許可制のはずだけど、そんなもん出た記憶はないのよねえ」


 っておいおいおい。ギルドマスター、この街の冒険者ギルドを治めているトップに話が行くやつだったのか、『魔術契約書』。

 ……コルトたち、大丈夫かね。ちょっとだけそう思ったけどまあ、自業自得ってやつか。


「もしかしたら事情聞くかもしれないから、しばらくはこの街に居といてくれるかしら」


「あ、分かりました。リュントもいいよね?」


「私はエールと一緒であれば、どこでも構いません」


 ライマさんの申し出は、当然受け入れる。許可制で、コルトがきちんと許可を取ってあれを使ってる可能性もなくはないので、そのあたりは知りたいなと思うし。

 いやほんと、そういう面倒なやつをなんで俺なんぞに使ったんだ???

 っと、このサーロの街にいるんなら、宿が必要だな。


「……あ。宿、取れますか? 彼女と二人なんで、できれば二室」


「私はエールと同室でも一向に構いませんが」


「俺が構う。というか、二人で寝られる部屋じゃないよ、ここ」


 そう、ここ。

 冒険者ギルドの二階と三階は、冒険者用の簡易宿泊所になっている。主に駆け出しとか、俺みたいに諸事情で貧乏な奴のためのものだ。

 荷物置き場とベッドだけの小さな部屋が沢山あって、費用は安い上に金がなければ成功率の高い依頼を優先的に受けられる。……ま、報酬も安いから数こなさないといけないけどな。

 街中にも宿はあるけど、できれば資金は貯めておきたいし。食費は必要だから仕方ないけどさ。


「そうか、コルトの家にいたんだものねえ。……料金払えそう?」


「依頼報酬で」


 ポケットに入ってた銅貨では当然足りないので、俺はそうしようと思ったんだが。

 リュントが小さな革袋を取り出して、おずおずと差し出してきた。


「あの、これでよろしいですか」


「ああ、リュントさんが払ってくれるならそれでもいいよ。二部屋でひとまず、銀貨一枚もらえるかな?」


「銀貨。これですね」


「毎度ありー。部屋の鍵出すから待ってね」


 その革袋から取り出した銀貨は、すんなりとライマさんの手に渡った。これで当座の宿は確保できたわけ、だけど。

 ごめん、リュントに払わせてしまった。銀貨一枚分、しっかり稼がないとなあ。

 俺の持ってる銅貨十枚は、大銅貨一枚に換算される。銀貨一枚は大銅貨十枚に当たるから、……うん頑張ろ、俺。


「リュント、お金持ってたんだね。ソロで依頼受けた?」


「はい。エールを迎えに来るのに金は必要、と考えましたので」


 何の気無しに聞いてみると、ふん、と鼻息荒くリュントは頷いてくれた。なんだろう、ドヤ顔というよりはほめてほめて、という感じ。

 トカゲのときに果物とか持ってきてくれて、頭なでてやるとこんな顔したっけなあ。トカゲと人型と、同じ表情だって分かるのはすごいな。


「そっか。助かったよ、ありがとう。依頼こなして、ちゃんと返すから」


「いえ。エールのためですので、お気になさらず!」


 でも、そんな風にあわあわするのはトカゲのときには見られなかった、君のかわいい表情だ。うん。

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